フラッシュを焚くとき

2009.11.2

長い夜の散歩 2004年1月

僕は写真を撮るときほとんどフラッシュを使わない。フラッシュを焚くと背景に対して被写体の明るさが不自然になることが多く、なるべく見たままの印象を残したい僕としてはあまり使いたくないからだ。手ぶれするくらいシャッタースピードが遅くなってしまう薄暗い場面でも、どこかにカメラを置いたり固定したりしてからシャッターを切るか、気合いで手ぶれを抑える。デジカメなら4〜5枚撮って手ぶれしてないコマを選ぶというのもアリだ。

しかしフラッシュを焚かないと何も写らないほど真っ暗なときや、薄暗い場面で動く被写体(乗り物や動物)を撮るとき、あるいは日差しが強くて影が濃すぎる場合は、もちろんフラッシュを焚いた方が自然な写真になるだろう。

ある昆虫写真家さんはフラッシュの使い方がものすごく上手で、岩の下に張り付いている虫の写真でもフラッシュを使っているのだが、一見してそれとはわからないほど自然な写真に仕上がっていて、とても驚いた覚えがある。使い方次第でとても効果的な道具になるということだ。わざわざカメラとは別にフラッシュも持ち歩く気にはなれないが…

---

今日は仕事の打ち合わせ、というか売り込みで霞ヶ関へ行った。場所が場所なのでもっと堅いお役人さんぽい人が出てくるのかなと思ったら、少し年上くらいのお姉さんが二人だったのでちょっと驚いた。
デモを見せた感触はなかなか良かったと思う。週末にがんばって管理システムを仕上げておいてよかった。

セバスチャン・サルガド「アフリカ 生きとし生けるものの未来へ」

2009.11.4

バスを待つ 2004年6月

ずっと気になっていた東京都写真美術館の写真展に行ってきた。1970年代からアフリカを撮り続けてきたセバスチャン・サルガド氏の写真展。

もし少しでも興味を持っていてまだ観に行ってない人は、絶対に観に行くべきだと思う。その場合は、先入観なしで観てもらいたいので、ここから先は読まない方がいいだろう。

一言で言えば「目」。目が持つ圧倒的な力を、これほどストレートに表現している写真は今まで見たことがなかった。ゴリラの子供がまっすぐこちらに向ける純粋な目。赤ちゃんを背負ったある部族の母親が遠くを見据える目。茶園で働く子供のどこまでも大きな、吸い込まれるような大きな目。銃のおもちゃを持った少年兵の、到底年相応には見えない深く暗い目…

そして、おそらく35ミリのフィルムカメラで撮影された、銀塩の粗い粒子が描くアフリカの空気。砂混じりで荒々しく、どこまでも雄大なアフリカの景色を、大きなカメラを使わずにここまで写せるのだということに驚いた。ある人が、大きな景色を写すには大きなカメラが必要だと言っていて、なるほどと思ったものだが、必ずしもそうではないかもしれない、自分の持っているカメラでもここまでできるんだということが驚きであり、嬉しくもあった。

展覧会のあとにショップの写真集で再び見てみたが、そこにはあの母親の侍のような眼差しは見えなかった。プリントでなければ見られないものがあるのだと気づく。

遠くアフリカの大地で、あんなにものすごい目を持った人々が暮らしている。それを知ることが出来たのもよかったと思う。

---

夜になってから、ネットで知り合った人と新宿で会う。こういうのは久しぶりだなぁ。永く続く縁になるかはわからないが、なかなか面白い話が聞けて楽しかった。

写真の物語

2009.11.5

ふたごの鉄塔 2004年6月 町田市

フジフイルムによるフィルムのデジタル化サービス「フジカラーCD」を注文。CDR1枚あたりフィルム5本分が入るらしく、1枚作るのに500円だと聞いていたので、10本分で千円か安いなぁと思っていたら、フィルム1本につき500円、10本で5千円だった。そりゃそうだ。全部をCDR2枚にまとめることはできるらしい。

フィルムを選ぶために、フィルムカメラを使い始めた2年前のアルバムを見返していたら涙が出てきた。僕が撮るようななんでもない写真でも、それが持つ力は大きい。それはその写真が持っているストーリーを僕が知っているからだ。
写真家でエッセイストでもある星野道夫さんが、自分の作品は写真だけでも文章だけでも成り立たなくて、両方あることで自分の伝えたいことが表現できるのだと言っていたことを思い出す。写真には物語がある。物語を知れば、写真の持つ力は何倍にも大きくなる。

フィルムカメラで撮った写真

2009.11.7

京都のじいちゃんとばあちゃん
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

2年前の春先に、じいちゃんにもらったカメラで撮った写真。古いレンズなので(何しろ40年以上昔に作られたものだ)、色合いが薄くなってしまっているのが、味と言えば味かもしれない。ばあちゃんの作ってくれた肉じゃがを食べながら、この居間でじいちゃんと飲むお酒はとてもおいしかった。

---

富士のデジタル化サービスに出したネガがCDと一緒に戻ってきたので、早速家のパソコンに取り込んで見てみた。

お店のサービス版(L版)でのプリント同様、すこし上下が切れてしまっていることと、たまーにスキャン範囲を間違えてて写真がずれてしまっている以外はおおむね満足。モニタで大きく映して見ると、レンズが変わると色も細かさもガラッと変わることに今更ながら驚いた。

今日以降しばらくは、フィルムカメラで撮った写真をお見せする。

---

無呼吸症候群の治療で、CPAP(睡眠中の呼吸を補助する機械)からマウスピースに変える予定でいたが、少し変更になった。歯医者さんの説明によると、僕の無呼吸症候群の原因のひとつは日常的に口で息をしてしまうことにあるそうだ。そのためいつも舌が重力方向に落ちてしまい、上あごと舌が常に離れた状態になっている。いつも鼻で息をしている人は、意識はせずとも上あごに舌をぺったりとつけているのが普通で、僕のように鼻の通りが悪かったりすると口で息をしてしまい、さらに鼻の通りが悪くなり、また口で息をする、という悪循環になってしまう。これを改善するため、少し苦しくても鼻で息をすることを心がけ、またマウスピースへの急な切り替えも無理が生じる可能性があるので、半年ほどのCPAPとの併用期間を設けることになった。半年でもレンタル料金はきついが…体のためだから仕方ない。

---

歯医者の帰りにマップカメラに寄ったら、歴代ライカカメラのデモ機が触れるようになっていて、一番古いバルナック型のライカと、M型の元祖M3を触ることができた。

バルナック型ライカは現在の35mm判フィルムカメラの原点で、塗装がすり切れて味のある骨董ものカメラといった趣。古いカメラ好きにはたまらないらしいが、操作しづらいので僕は興味がない。ファインダーを覗くと視野周辺がぼんやりと暗くて、古い映画を映写機で見ているみたいだった。

M3はそのバルナック型ライカの改良版であり、現在最も普及している一眼レフ式カメラと対をなす、レンジファインダー式カメラの完成型だ。M3のファインダーは新鮮だった。ファインダー倍率がほぼ等倍なので、両目を開いたままファインダーを覗くと、視野にブライトフレーム(撮影する範囲を示す明るい枠)が浮いているように見えるのだ。まさに見たままを撮るカメラ。いつかM3を手にしたい。

イネの花粉も飛んでるらしい

2009.11.8

じいちゃんの椿
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

今日も花粉症がひどかった。もらった薬はあんまり効いてないようだ。
吸引型の方は効果が出るまで数日かかるそうだが…

現像済みのネガの黒い部分をデジカメのレンズにつけて撮影すると、赤外写真が撮れるそうだ。1枚撮るのにシャッターを数秒開けておく必要があるため、悪いことには使えないらしい。今度やってみよう。

国際宇宙ステーション観測

2009.11.9

国際宇宙ステーション 今日
Canon IXY DIGITAL 600
F2.8 6秒

国際宇宙ステーション(International Space Station:ISS)は、地上から約400km上空に建設されている巨大な有人実験施設。1周約90分というスピードで地球の周りを回りながら、実験・研究、地球や天体の観測などを行っている。40数回に分けて打ち上げられる構成パーツを、宇宙空間で次々に組み立てながら建設されており、完成時の全長は108メートル、重量419トンになる予定。

人類にとって初めての「国境のない場所」であり、15カ国が協力して計画を進め、利用している。現在、ESA(欧州宇宙機関)所属でベルギー人のフランク・ディビュナー氏、CSA(カナダ宇宙庁)所属のロバート・サースク氏、NASA所属のニコール・ストット氏とジェフリー・ウィリアムズ氏、FSA(ロシア連邦宇宙局)所属のロマン・ロマネンコ氏とマキシム・ソレオブ氏が滞在中。日本からは若田光一さん、野口聡一さんに続き、来年春に古川聡さんのISSへの長期滞在が決まっている。

---

若田さんや野口さんが滞在していたときにニュースでよく取り上げられていたISSが、地上からも観測できることをつい最近知った。時速2万8千キロというものすごい速度で地球の周りを回っているISSだが、暗い時間帯に頭上を通るとき、数分間だけ観測できるらしい。

・国際宇宙ステーションを見よう(JAXA)

今日は17時21分から26分にかけて、南西から北東方向へ、最大仰角(見上げる角度)72度で見えるとのことだったので、三脚にデジカメをつけて近所の峠に登ってみた。日はほとんど落ちているが、西の空はわずかに明るい。雲が多く、見え始めの数分は確認できなさそうだ。背後の高校のグラウンドではテニス部がライトの下で練習している。

南西の空を視界を広くしながら見ていたが、20分を過ぎてもそれらしき光は見えない。今日はダメかな、と思って真上を見上げると、雲の切れ目をわずかに明滅しながら、音もなくスーッと移動していく光の点が見えた。あれだ!いそいで三脚を反対方向に向けて、シャッターを切った。ふわふわと明るさを変えながら、ISSは北東の雲の中に消えていった。

見た目はジェット機とほとんど変わりないので、そうと知らない人が見れば間違いなく勘違いするだろう。知っていても、ほんとにISSなんだろうかと思うくらい。
でもあの光の中で、今日も地球をくるくる回りながら実験をしたりごはんをたべたりしている人がいるのを知ることができたのは、ちょっと嬉しい。

マメ

2009.11.10

父のクッションで満足そうなマメ 2007年3月
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

父のためにみんなで買ったクッションは、居間に置いているうちにすっかりマメのものになってしまった。寝る前に地面を踏み固める犬の癖もあり、クッションはすぐボロボロになってしまったので、後日マメ専用のものが買い直されている。

この写真は地元の駅のプリント屋さんが気に入って、しばらく店の前の掲示板に貼ってくれていた。

母とマメ

2009.11.11

母におやつをもらうマメ 2007年
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

母はマメにべったりだし、マメも母にべったりだ。母は昔京都の実家で犬を飼っていたことがあるらしく、その犬があまりいい死に方をしなかったと、いとこのおじさんから聞いた。そんなこともあったので、余計にかわいがりたいという思いがあるのかもしれない。

寝るときはいつも母の布団をちょっと掘ってから、1〜2回くるりと廻って足場をならし、やれやれ、といったふうに寝転がる。寝る前の母はいつも布団の中で窮屈そうだが、たまに布団で寝ようとしないマメを呼んだりしているので、悪い気はしていないのだと思う。電気を消してしばらくすると暑くなるらしく、自分のクッションで寝るそうだ。

釧路湿原

2009.11.12

釧路湿原をゆくノロッコ号 2007年9月
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

2年前の秋に訪れた釧路湿原。
釧路から湿原を縦断するノロッコ号という観光用の列車が出ていて、のんびり走る車内から美しい湿原を眺めることができた。
運が良ければ様々な野生動物を見られるらしい。今年はもう運行していないようだ。

フィルムの写真とAMラジオ

2009.11.13

振り向きマメ 2007年11月
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

冬の寒い早朝に、マメと散歩に出かけた。空気は透き通って冷たく、低い朝日が横からマメの顔を照らしている。霜柱を踏むマメの足は冷たくないのだろうか。

- - -

僕がデジカメの写真よりもフィルムの写真が好きな理由は、FMラジオよりもAMラジオの方が好きなことと関係があるんじゃないかと思う。

FMの方が音質が良いし、細かい音までクリアに聞こえるけど、僕としてはAMの方が好きだ。それはFMがちょっと洒落ていて近寄りがたい雰囲気があるのに対して、AMはマニアックだけど庶民的で親しみやすい、という傾向の違いにも因るのかもしれない。でも、AMの音の悪さは決して欠点ではなく、むしろ長所なんじゃないだろうか。

人にとって最も美しい人物像はシルエットなのだと聞いたことがある。影で見えない部分を、自分の良いように想像して見るからなのだそうだ。同じ事が、AMラジオにも、そして写真にも言えると思う。うまく言えないが、AMの音の悪さにはどこかほっとする感じがある。ステレオで、ノイズがなくても、どこかあいまいな感じ。そのあいまいさを、聞く側は無意識のうちに想像して、補完しているのだろう。

人は自分の見た風景を残したいがために写真を撮るけれど、見たままを写真にすることは、カメラがどんなに進化しても絶対にできない。なぜなら、自分が見た印象というのは、自分の中にしかないからだ。デジカメはこれからも進化を続け、限りなく高精細で、限りなく色彩豊かになっていくだろう。でもそこには、見る側の想像が入り込む余地がどんどん無くなっていく。写真がきれいになればなるほど、そのとき感じた感動や印象は追い出されてしまう。

フィルムの粗い粒子の間には、そのとき感じたことが残っているのだと、僕は思う。

週刊石川雅之

2009.11.14

冬の夕日 2007年11月
Asahi Pentax SP / Super Takumar 55mm F1.8

「もやしもん」の作者、石川雅之の短編集。「もやしもん」の8巻が本屋になかったので買ってみた。
総じてどの話も面白かったが、第9週の「フランスの国鳥」がとても良かった。日本の片田舎で飼われているニワトリの親子が、フランスを目指して旅に出る話。フランスの国鳥がニワトリだとは知らなかった。

- - -

部屋に差し込む夕日があまりに明るいので、カメラを持って丘の上に急いだ。ベランダから笑って夕日を眺めている夫婦がいた。遊んでいる子供達に、空がきれいだよと言っているお母さんがいた。夕日のついでにいいものが見れた。

フィルムいろいろ

2009.11.15

東京駅 2008年
KODAK SUPER GOLD 400

スキャンしてもらった写真とフィルムを調べてみると、フィルムの種類によって写真がどう変わるかがようやくわかってきた。

単に一番安いからという理由でよく使う、KODAKのSUPER GOLD 400(SG400)はこんな感じ。北海道の写真を除いて、先週一週間の写真もほとんどSG400だ。ただ2008年からは新しいカメラとレンズを使っているので、それ以前の写真に比べて高精細でコントラストが高く写っている。レンズの色味もかなり独特な感じがする。最近撮った写真では、ドイツAGFAのAGFA PHOTO VISTA 400はコテコテの色味で、大げさだけど記憶色には近い感じ。フジのSUPER PREMIUM 400は色味は自然で、きめが細かく、影がつぶれにくい。でも高い。

レンズとフィルムの相性というのも、奥が深そうだ。

カラーユニバーサルデザイン

2009.11.16

浅草五重塔 2008年
KODAK SUPER GOLD 400

少し前の東京新聞の記事。公共性が求められるデザインにおいては、色を見分けにくい色弱者に配慮すべき、という話。普段あまり色に役割を持たせたデザインをしないので、どんな場合でも考えなければいけないというものではないものの、知っておいて損はないと思う。

・色弱者は国内に三百万人おり、男性の1/20、女性の1/500が色弱または色盲。世界では二億人を超す。
・遺伝子変異のタイプにより色の見え方が異なり、治療法はない。白内障が進行して色弱になる人もいる。
・網膜の錐体細胞という視神経は三種類あり、赤・緑・青をそれぞれ感じるようになっている。このいずれかの種類が遺伝的に変異しているため、その色を見分けることができない。
・赤と緑を感じることができない色覚異常者が最も多い。

具体的には

・鮮やかな赤→黒に近い茶
・紫→水色
・緑→薄茶色

に見えてしまうので、これらが隣り合っていても見分けがつかない。例えば、黒地に赤文字、緑地に茶文字を書いてあると読みづらいわけだ。これを踏まえて

・文字色か地の色のどちらかで白を使い、コントラストを保つ
・隣り合う有彩色の一方に模様をつけ、差別化する

といった対策を施したデザインをカラーユニバーサルデザインというそうだ。あんまり神経質になる必要はない気がするが、色をたくさん使う場面で思い出せるといいなと思う。

ブランドが見えなくするもの

2009.11.17

浅草 刃物屋
KODAK SUPER GOLD 400

「ヴァイオリン ブラインドテスト」で検索していたら、面白い記事を見つけたのでまとめてみる。

・NHKドキュメント「名器の条件」/昭和57年2月8日放送
北川 鶴昇 徒然日記:ストラディヴァリウスの音色は本当に最高か
プロのヴァイオリニストがストラディバリウスを含む七挺のヴァイオリンを弾き、プロの音楽家6人がこれをブランドテスト→二回やっても全員がストラディバリウスを当てられず

・アンプのブラインドテスト/音楽之友社 stereo 2004年3月号
個人サイト?
一万円以下の普及機〜三〇〇万円の超高級機を、オーディオ評論家?4人がブランドテスト→超高級機が全員最低評価に。音質と価格に相関関係なし

・もやしもんで読んだのを思い出した、ワインの品評会の話
蔵直ワインの専門店 ヴィノスやまざき ワイン業界が激震した「1976年パリ・テイスティング= Judgement of Paris」とは?
1976年、ワイン好きのイギリス人が、歴史と品質のフランスワインと当時安物と言われていたアメリカ・カリフォルニアワインのブラインドテストを企画→審査員全員フランス人&最高級ワインを出品したにもかかわらず、赤白共に一位をアメリカワインがゲット→不満たらたらのフランス勢が86年にリターンマッチを開催→再び惨敗→2006年に三度目のリターンマッチ開催→赤ワインの五位までアメリカワインが独占

つくづく思うのは、人の感覚なんて簡単に先入観に支配されてしまうものなんだということだ。絵を見るときも同じで、もし高い入場料も立派な建物もなく、立派な額縁も作者の名前も無かったら、高名な洋画のどれだけを感心して見られるだろうかと、美術館に入るときにいつも考える。僕はブランドには興味がないけれど、「これは立派なものですよ!」と言われて出されたものに対して、つい「ほほう〜すばらしい」となってしまうことはよくある。

ブランドが見えなくするもの、それはものの本質だろう。ブランドは、それが本当に価値があるものなのかをわからなくしてしまう。ブランドに惑わされず、本質を見極められるようになるには、本物を知り、自分の感覚を信じることが大切だと思う。

新しい椅子届く

2009.11.18

浅草寺の脇道 2008年

3ヶ月前に注文して海の向こうから来るのを待っていた椅子が、今日ようやく届いた。
セミオーダーで選んだ真っ白なフレームと青い布張り。地味な色ばかりの自分の部屋に、ちょっと派手目の色を選んだのだ。座り心地はお尻から背中にかけてぴったりと張り付くよう。これで慢性的な腰痛がなくなるといいなと思う。
設備を理由に仕事や勉強をサボることはもうできない。

- - -

いい生活習慣を続けるには、つらいこともある。でも、そこで負けたらだめです。だめと思ったら、その日からだめになる。弱い自分との闘いを積み重ねれば、その先に、いいことがあります。

昇地三郎(教育学者)


東京新聞より、世界中で障害児への教育についての講演をし続ける103歳のじいちゃんの言葉。自分のための勉強を習慣づけようとしては挫折を繰り返している僕は、今日からこの言葉を胸に生きていこうと思いますなり。

ヒーター出動

2009.11.19

浅草 2008年

ただしはなちゃん用。

部屋全体を温めるヒーターを使っていると頭がぼんやりしてくるので、足用のパネルヒーターを買った。

MacBookにBluetoothで繋げたヘッドセットとマウスを同時に使うと、それぞれの帯域が半分になってしまうらしく、ヘッドセットの音声は遅延し、マウスのカーソルは反応が悪くなるというしょぼい状態に。
Skypeするときはマウスを切った方がいいみたいだ。

伊集院のラジオで「犬と猫と人間と」というドキュメンタリー映画が上映中だと知った。東京では明日が最終日らしい。仕事が忙しいがなんとか観に行ってこようと思う。

映画「犬と猫と人間と」

2009.11.20

東京タワー 2008年

ある猫好きのおばあさんの「不幸な猫の存在と、生き物の大切さを知ってもらえるような映画を作って欲しい」という依頼を受け、飯田基晴監督は捨て猫、捨て犬、そして彼らに関わる人々に出会う。日本で処分される犬猫の数は年間30万頭以上、一日約1000頭が殺されているというつらい現実。それでも処分される動物たちを少しでも減らそうと、日夜奮闘する愛護協会や保健所の人々。見えてくるのは希望と、社会そのものが抱える問題。

終始飯田監督によるナレーションで話が進む。最初はちょっとへたくそだなとも思ったが、見終えてみれば監督以外はありえないということが理解できた。映画制作のきっかけは猫ばあさんではあるが、一貫して映画に現れているのは、監督の、現実を真摯に受け止め、否定したり誇張したりせず、感じたままを素直に映像化したいという思いだ。その点にすごく好感を持てたし、それが重いテーマにもかかわらず映画をただ暗いものにしていないのだろう。「ペットと殺処分は鏡合わせ」という元動物愛護協会付属動物病院長の前川先生の言葉が響いた。

重そうで嫌だなと思う人にも、ぜひ観に行って欲しい。確かにつらいシーンはあるけれど、それ以上に観て良かったと思えるはずだ。

都内では渋谷ユーロスペースでの上映は終わっているが、吉祥寺バウスシアター横浜シネマ・ジャック&ベティ川崎市アートセンターで追加上映が決まったとのこと。

映画「犬と猫と人間と」オフィシャルサイト

昨日の出来事

2009.11.21

フィルム交換失敗の図 2008

11:00 9時に起きるつもりが2時間も寝過ごす。マメと散歩。遠くの山にイチョウの樹が一本。

13:30 家を出て駅に向かう。壁で思索にふけっているゴキブリ、かわいいホオジロ?の群れ、カラスウリって真っ赤だな。

14:40 銀座到着、伊東屋に直行。メモ帳、ペン、封筒を購入。教文館でメモの取り方の本を購入。資生堂パーラーでカレンダーを貰おうと思っていたが時間切れ。

16:00 渋谷ユーロスペースで「犬と猫と人間と」鑑賞。ほぼ満席。隣のお兄さん二人組が快く通路を確保してくれたおかげで、真ん中の席に座れた。

18:30 ぎゅうぎゅうの山手線に乗って新宿へ。新宿眼科画廊で友人の絵を見る。グループ展で、友人の作品以外ではすごい切り絵を見た。

19:30 ビックカメラで焼き増ししたプリント受け取り。フィルム2本、AGFAのVISTAとフジのNATURAを買う。感度100と1600のフィルム。どんな写真ができるかな。あ、現像に出す方のフィルムのことを忘れていた。

20:00 糖分が切れかかってきたので、丸ノ内線新宿駅改札近くのジューススタンドでレモンとザクロのミックスジュースを一杯。ここのジュースは安くて新鮮でおいしい。プラスチックのカップを持って一息ついているお姉さんやビジネスマンをよく見る。

20:15 小田急線急行に乗って映画のパンフレットを読みながら帰る。いつも新百合ヶ丘に着く5分前くらいで眠くなる。電車から催眠電波が出ているのだと思う。

21:00 帰宅後夕食。少しは仕事しようと思ったが疲れて無理だった。風呂の後少しだけPythonと記憶法の勉強。記憶力のトレーニングで今日の出来事を思い出しながら、力尽きて寝る。

マメ、うんこを浴びる

2009.11.22

朝の散歩待ち 2008

夜の散歩から帰ってくる途中で芝生を転げ回った際に、うんこを浴びたらしく
ものすごい臭いにまみれた今夜のマメ。
本人はとても満足そうな顔をしていた。明日洗わねば。

今日のマメごはんの献立

2009.11.23

ずんずん進むマメ 2008.3

キャベツ2枚、キュウリ半分、にんじん1/3、豚肉少々、かつおぶし、すりごまを鍋に入れ、ひたひたの水を入れて煮た。多すぎたので半分にしてごはんを足した。
あとで大根のツマと鮭の刺身の切れっ端をもらっていた。今日はずいぶん豪華だった。

- - -

写真は去年の冬の朝のマメ。
ピンボケだけどなんだかいい感じに写っているのはなぜだろう。

池のある公園

2009.11.24

散歩で通う公園 2008

池の中州に立つ木には鷺が留まっている。

今年も池に鴨が帰ってきた。
真っ暗な夜の池の中から、グワグワグワと声が聞こえてくる。
葦の茂る方からは、ときどき甲高い別の鳥の鳴き声がする。

ひざ暖板

2009.11.25

振り向きマメ 2008.3

去年まで冬はパネルヒーターを暖房に使い、それでも寒いときはエアコンを入れていた。パネルヒーターは暖まり始めるのに時間がかかるが、空気が乾燥せず、音がほとんどしないのがいいところ。しかし部屋全体が暖まるので、頭がぼーっとしてくるのが難点だ。それに部屋が暖まっていても、足下は寒くて爪先が冷え切ってしまうこともよくある。

ある勉強法の本で「ひざ暖板」というのを知って、ちょっとお高かったがこれも投資だと思い、買ってみた。40x40cmの黒い板を机の下に吊り下げて設置。床から少し離れているので爪先まで暖まるかどうかちょっと不安だったが、ひざが暖められると血流で末端まで暖かくなるようだ。机の下の空間がほんのり暖かく、冬の机仕事を快適にできそうな気がする。これで仕事がどんどん入れば完璧なのだが。

しかしこの「ひざ暖板」を作っているヒロックテクニカという会社のウェブサイト、ウェブ1.0な感じで今時なかなか見られない感じの古めかしさだ。きっと小さな町工場くらいの規模なのだろう。営業したらリニューアルさせてくれるだろうか。でも大阪は遠いなぁ。

マウスピース作った

2009.11.26

ドングリとマメ 2008.3

今日はそんなに歩いてないのに、帰る途中でやけに頭が痛くなった。体力が落ちたかな〜走らなきゃ、と思っていたが、ふと気づいた。マウスピースの臭いのせいだ。

お昼過ぎに無呼吸症候群対策のためのマウスピースを受け取るため、新宿の歯医者へ。マウスピースをもらうだけかと思っていたら違った。そもそも寝てるときに顎が落ちて気道を塞がないようにするためにマウスピースをつけるわけだが、マウスピースを噛んだ状態できちんと顎が前に出ているようにするために、位置合わせが必要になるらしい。完成一歩手前のマウスピースは上下に分かれていて、これを歯にはめ、顎を突き出した状態で口の中で接着しなければならないわけだ。この接着剤が臭いのなんの。歯医者を出てもなお、鼻の奥に残るツーンとした臭い。久しぶりの満員電車に疲れたのもあるが、臭いを思い出すとオエッとなってしまう。使っているうちに無くなるそうだが。

またちょっとショックだったのが、このマウスピースは治療を目的としたものではなく、歯医者さん曰く「眼鏡のようなもの」、つまり一生付き合わなければならないものだということだ。マウスピースで体が慣れれば外せるというものではないらしい。マウスピースの使い心地にもよるが、これならCPAPだけの方がマシかもしれない…。

さらに追い打ちをかけるように歯医者さんが言った言葉は、「マウスピースを清潔に保つため、毎回洗って、入れ歯洗浄剤で殺菌してください」…この歳でポリデントのお世話になるなんて…

- - -

歯医者の後、インプレスの記事で知った個展を観に恵比寿へ。おしゃれな飲み屋や美容院の建ち並ぶ通りをずーっと歩いて、MA2 Galleryという変わった外観のギャラリーに着いた。ドアを開くと受付もなくいきなりギャラリー。作家の藤井保氏は商業写真家で、荒野にマグライトを持って佇む人の広告を見たことがある。今回は空を背景に飛んでいる鳥がいろいろな形をとっている写真で、画面には数羽の鳥しか写ってない、とてもシンプルなものだ。こういう極限まで要素を無くした写真もいいなと思う。
A全くらいに引き延ばした写真では、銀塩の粒子のやわらかい感じが、鳥のフォルムの美しさをよく表現していた。
しかし額装込みでプリント一枚17万円ですってよ。あらまあすごいわねえ。

デザイナーの仕入れ

2009.11.27

たぶん梅 2008.4

僕たちデザイナーには、仕入れというものがない。紙と鉛筆があれば仕事ができちゃう。だから、自分の経験や情報を増やすことが発想のストックをつくります。そういう意味で買い物は、他の業種で言えば仕入れにあたる。クライアントは、僕の経験とその情報処理能力に対してお金を払ってくれているわけですから。買い物したり、人と会ったり、旅をしたり。デザイナーにとって自分への投資は、必要不可欠です。

片山正通(インテリアデザイナー)


日経BPムック「Designers’ vol.2」より。自分の経験が絵や写真といった創作分野に現れる、ということは意識していたけれど、それを仕事に生かすところまではあまり考えたことがなかった。ウェブサイト構築は半分趣味なので、好きで勉強した専門知識が仕事に役立つということはよくあることだが、それ以外の部分、買い物したり人に会ったり、旅をすることなどの新しい経験を、もっと積極的に仕事に生かしていくことを考えてもよさそうだ。

片山さんのことは知らなかったが、ムックに載っていたインタビューはとても面白く、共感できることがいくつもあった。インタビュー最後の一節にはこうある。

人生なんて、簡単に目標が達成できたら面白くない。死ぬまで理想を追い求めるのが最高の人生でしょう。70歳くらいで「おれもよくやった」と思ったら、そのあと20年生きることになったとき、つまらないじゃないですか。まだまだこれから、とあがき続けるのが理想的な人生なんだと思う。仕事ができる年数はどんどん少なくなっていくのだから、今以上にスピードとクオリティを上げて進まないといけませんね。


老後は年金や不労所得を得てのんびり暮らしたいという人もいるけど、僕は共感できない。たいした目標はないけれど、生きている間は自分の好きなことをつきつめて、せめてそれが食べていけるだけのお金に繋がってくれればいいなと思う。

栗平駅

2009.11.28

栗平駅構内 2008.4

最寄り駅である小田急多摩線栗平駅は斜面の中腹にあって、線路と反対側には伸び放題の雑草と排水溝が続いている。その排水溝を時折のらねこが散歩してたり、日光浴してたりする。

駅の上に架かっている橋の下面には溝があって、ハトの休憩所になっている。夏にはツバメが帰ってきて、営巣してはせっせと虫を運ぶ姿が見られる。

数年前に甲子園に出場した体育系の学園、桐光学園が近所にあり、その学生達は栗平駅のお得意様だ。最近流行のゲームの話などをしながら、にぎやかに通学路を歩いているのをよく見る。

吉祥寺

2009.11.29

栗平駅のホームから 2008.4

ひだのさんに誘われ、吉祥寺の「いせや」という焼き鳥屋で夕方から飲み会。はじめましての人が多かったので、自己紹介と話のネタにと思い旅の写真を何枚か選んでプリントして持って行った。ひだのさんには初めて東北で会ったときの写真を、他の人には気に入った写真をプレゼントしてあげた。とても喜ばれたのでまたやりたいと思う。

吉祥寺で集合時間まで間があったので、一人で井の頭公園をぶらぶらした。紅葉は終わりかけていたが美しく、多くの人が露店などを見たり、池でボートを漕いでいたりして賑わっていた。

小林さんが都内に来ているというので、そのままひだの家に遊びに行くことにした。相変わらず元気なスピッツのさくらちゃんと夜の散歩に出かけ、帰ってきた小林さんと本日2度目の飲み会をして、くたくたになって寝た。ふとんの上にはさくらちゃん。

国分寺

2009.11.30

男の背中 2008.4

7時に起きてひだのさんを見送った後、小林さんに車で国分寺まで送ってもらった。予備校時代に通った国分寺には、何年ぶりに来たことになるだろうか。駅前は様変わりしていて、よく(勉強をさぼって)遊んだゲーセンは跡形もなくなっていた。記憶の中にある店ではモスバーガーだけが健在だったので、嬉しくなって昼飯をそこで食べた。真摯な仕事をしているお店はちゃんと残るんだろうなと、「とびきりハンバーグサンド(チーズ入り)」を食べながら思った。

駅から少し離れたところまで歩くと、全然見覚えのない風景。あの頃はごく小さな範囲をずっとうろうろしていたのだろう。あの頃の自分にばったり会ったらどうするだろう。たぶん気持ち悪いのでほっとくと思う。

近くに地名の由来である国分寺があることが地図でわかったので、行ってみることにした。

このあたりは国分寺崖線(こくぶんじがいせん)というガケが東西に連なっていて、武蔵野台地を南の立川面と北の武蔵野面とに分けているらしい。ガケの下からはきれいな湧き水があふれ出ていて、おそらく地元の人による立て札が蛍の保護を訴えていた。

武蔵国分寺と、その前に移築されていた古い古い門を観て、その先にはこれまた古い薬師堂があった。入り口には300年前に建てられたという門があり、門内部には左右に分かれて右に「あ」、左に「うん」の口をした不動明王が立っていた。どちらもすごい造形だった。300年前にこれを彫った人は、どんなことを考えていたのだろう。

その後広い公園の中を通って、西国分寺駅に辿り着いた。中央線で新宿へ行き、フィルムを現像に出すついでにコニカミノルタプラザへ。3つの展示のうち、インド西部の人々を撮ったモノクロの写真がすごく良かった。多摩急行で栗平に着いたら、やっぱり本も見たくなったので本屋で「クウネル」を久しぶりに買って帰った。