2010.6.1
おむかいさん 2009.7
KODAK ULTRACOLOR 400
我が家の前には森がある。住宅地の中でも傾斜がきついので、開発されずに残った感じのとても小さな森だ。風が強い日はさわさわと揺れて、雨が降ってきたんだろうかと勘違いさせられる。早朝は小鳥たちが歌う舞台になるし、昼間は烏や鳩が羽を休めている。夏にはヒグラシがもの悲しい鳴き声を響かせるし、秋には一番大きな椎の木から、ぽとりぽとりとドングリの落ちるのが聞こえてくる。
そうやって考えると、普段は気にも留めてないけれど、あの森がただそこにあるだけでずいぶん安心させられてることに気がつく。もしあの木々が無くなってしまったら、とても悲しいだろうな、と思う。
2010.6.2
公園の近くのマンション 2009.2
KODAK ULTRACOLOR 400
昔作ったシステムに不具合が出たとのクレームがきた。コンテンツ管理システム関連で、エラーが表示されて画像がうまくアップロードできないという。こちらの環境で再現できなかったので、ブラウザに表示されたエラーを保存して送ってもらう。しばらく調べてエラーを再現。原因はごく初歩的な仕様のミスにあった。ずいぶんいい加減な設計をしていたもんだと反省。
ファイルのアップロード処理はセキュリティ上のリスクが伴うし、要件によって処理方法を大幅に変えなければならず、なかなか難しい。
ラジオを聞きながら、新しいサイト用のロゴを描いた。
2010.6.3
雨が上がった夜の駐車場 2009.2
KODAK ULTRACOLOR 400
録画しておいたNHKスペシャルのハッブル宇宙望遠鏡特集を観た。宇宙の写真がとてもきれいで途中で眠くなったがとにかく観た。スペースシャトルの空中分解事故があって宇宙開発への風当たりが厳しくなり、ハッブルは一度廃棄されかけたのだが、世論の反発にあって計画続行が決定。さらにはカメラの改修が行われて、パワーアップしたハッブル宇宙望遠鏡は去年の9月から活動を再開している。
つくづく人間って知りたがりなんだな、と思う。ハッブルの主任技術者のおじさんは、趣味の野生動物の写真撮影と現在の仕事を重ね合わせて、こう言っていた。われわれが知りたいのは、物事の始まりがどんなふうに行われたのかということ。アザラシが誕生して成長し今そこにいるように、宇宙にもその過程があったはずで、では宇宙はどのように誕生したのだろうかと。
世論によるハッブルの続投決定のエピソードと、おじさんの話を聞いていると、自らの根源を探求することは、クモが巣の作り方を生まれながらに知っていることのように、人間に備え付けられた使命なんじゃないかと思えてくる。知的好奇心が生み出すエネルギーの大きさ(スペースシャトルを飛ばして宇宙に望遠鏡を置いちゃうくらいの)と、その偉大な成果を感じた番組だった。芸人のミニコントみたいのはいらなかったけど。
2010.6.4
晴れの日の喜び 2009.2
KODAK ULTRACOLOR 400
日本ではNHKの制作したアニメ版を知っている人が多い作品なのだろうが僕は観たことがなく、たまたま近所にやってきた移動図書館で目に付いたので借りて読んだ。翻訳本には2種類あるようだが、僕が読んだのは2007年に発行された福音館書店版の方だ。大変分厚い上に上下巻に分かれていて、かなりの期間、貸出期限をぶっちぎってしまい、今日は町田図書館に返すと同時に謝りに行った。窓口のお姉さんにやんわりと怒られた。
この物語は、スウェーデンという国を理解するための読み物をつくってほしいという教育機関からの要請から生まれ、そのために主人公ニルスが小人となってガン達と共にスウェーデン中を旅するという内容になっている。ガチョウのモルテンの背中の上から眺めるスウェーデンの風景は非常に変化に富んでいて、またそこに住む人々も動物もとても個性的だ。セルマ氏はそうした風景や生き物たちの物語と共に、その土地に残る神話や、人の手による環境の変化、そしてスウェーデンの人々による道徳や死生観すらニルスの旅とからめて描いている。
僕が非常に感銘を受けたのは、家族を亡くし、父を捜して旅をしたオーサとマッツの母が、二人に遺した言葉だった。一家はある日、旅の女を家に泊めてやったがために、伝染した結核によって家族を次々と失ってしまう。4人いた姉たちは皆いなくなり、現実に耐えきれなかった父は失踪し、ついには母も病に倒れてしまう。だが母は、自分は正しいことをしたのだから、旅の女を恨んでもいないし、後悔もしていないと言うのだった。
「死は、だれにも避けられない。だが、よい心を持って死ぬか、悪い心を持って死ぬかは、自分で選べるんだよ」
人間は、生まれるときを選べないし、いつ死ぬかもわからない。今日は元気に過ごしたけれど、明日も無事に過ごせる保証はない。でも、自分の心のあり方だけは自分だけのものだ。よい心を持って死ぬということは、いつも自分がよいと思えることだけをすることだと思う。当たり前のようだが、とても難しいことだ。でも、本当はみんな、そうしたいと思っているんじゃないだろうか。この言葉は、いつもの心のあり方が、死の瞬間まで繋がっていることを教えてくれる。
非常に長い物語ではあったが、読んでいる間、まるでニルス達と一緒にスウェーデンを旅しているかのような気持ちにさせられた。下巻の終わりが近づくにつれ、ガンのアッカ達と別れなければならないことが寂しかったくらいだ。スウェーデンの教科書としてつくられた本だったが、地理の知識以上に大切なことがたくさん織り込まれた物語だった。
2010.6.5
広袴公園 2009.3
Ferrania Solaris 400
ヨドバシカメラあたりで買ったソラリスというフィルム。イタリアの写真機材メーカーが作ったフィルムで、淡い色のとてもレトロな感じのする写真が撮れる。なかなか面白いけど、僕はあまり好みでなかった。カラー写真はポジフィルムや、コダックのULTRACOLORみたいな色の濃い写真が好きだ。
アルバムがかなり場所を取るようになってきた。かさばるプリントをやめて、ネガの現像とスキャンだけしてもらって、写真はデータで持っておこうかと考える。そこまでするならデジカメ使えばって言われそうな気もするが、僕は気に入っているカメラで写真を撮りたいだけなのかもしれない。
2010.6.6
帰り路に 2009.3
KODAK ULTRACOLOR 400
友人に呼ばれたので、ひだのさんと一緒にお手伝いに出かけた。相変わらずハマスゲの繁殖ぶりがものすごく、畑一面ハマスゲだらけ。あまりに多いところは葉っぱだけ刈り取って、畝に生えてるものだけ根こそぎ除去した。もうひとつひどいのは空豆にたかるアブラムシとアリだ。ほとんどの実をだめにしてしまうほど、茎も葉もアブラムシだらけになっている。無農薬で空豆を育てるのは難しいようだ。
今日は畑に向かう途中で苗をいくつか買ったので、それらを植えた。トマト、ミニトマト、モロヘイヤ、ゴーヤ、ナス。畑の主の命によって「元気に育てよ」と励ましながら植え付ける。夏には収穫した野菜でバーベキューがしたい。いい野菜ができるだろうか。
心地よい疲労感と共に、帰り際に見上げた西の空が美しかった。百合ヶ丘の「いくどん」という焼肉屋で乾杯。とてもうまかった。
2010.6.7
水たまり 2009.3
KODAK ULTRACOLOR 400
仕事の傍らでCloud&Waterのリニューアルを進める。日記表示と今日のはなちゃんはほぼできた。旅行記の加筆修正を進めなければ。
朝晩はかなり涼しいが、今日の昼間は特に暑かった。パソコンもかなり熱くなって触りづらい。金属製の筐体のパソコンの問題。
今晩はクビキリギスがジィーーーと鳴いている。
2010.6.8
新宿駅に差し込む夕日 2009.3
KODAK ULTRACOLOR 400
仕事でいつも使っているMySQLではなくPostgreSQLを使う必要ができたので、サーバーをインストールした。MySQLは統合ウェブサーバーソフトMAMPに標準で入っているので何も考えずにMAMPをインストールするだけで使えるが、PostgreSQLは単体でインストールしなければならず、しかも超めんどくさい。
まずMacPortsをインストールする。これはUnix用のソフトをMacで使えるようにするためのソフトらしいがよくわかんない。とにかくインストール。
で、ここからはMacでPostgreSQLをインストールするに従ってターミナルからコマンドを入力。現在の最新版は8.4なので、postgresql83 の部分を postgresql84 に変えて入力していく。
最初の
sudo port install postgresql84
を実行するとだらだらとログが流れてインストールが進んでいくが、"you cannot install gettext"とエラーが出てインストール中断。調べたら MacPorts のデフォルトで入っているソフトが悪いらしいので、Migration - MacPortsの Reinstall ports を手順通り実行し、まっさらにしてから再度実行。やっとインストールが完了する。
「データ領域を作成」まで進めると特にエラーも表示されないのだが、実は3つめの
sudo su postgres -c '/opt/local/lib/postgresql83/bin/initdb -D /opt/local/var/db/postgresql83/defaultdb'
が正しく実行されていない。データベースの初期化のコマンドのようだが、海外のフォーラムによると、どうやらコマンドの書き方が悪いようだ。
sudo -u postgres /opt/local/lib/postgresql83/bin/initdb -D /opt/local/var/db/postgresql83/defaultdb
とすると正しく実行された。
同様に、起動も
sudo -u postgres /opt/local/lib/postgresql84/bin/postgres -D /opt/local/var/db/postgresql84/defaultdb &
で実行できた。なんかターミナルにエラーがダラダラ出てるけど見なかったことにした。
ちゃんと使えるか確認するため、phpPgAdminをダウンロードしてMAMPのドキュメントルート内に展開。conf/config.inc.php-dist を複製して config.inc.php を作り、エディタで host を "localhost" に、extra_login_security を false にする。こうしないとデフォルトのユーザー postgres のパスワードが空なので(たぶん)、phpPgAdminが空のパスワード入力を受け付けてくれない。ブラウザからMAMPに設定したアドレスにアクセスして、phpPgAdmin からユーザー名 postgres でログインできれば完了!は〜長かった。
2010.6.9
丘の帰り路 2009.3
KODAK ULTRACOLOR 400
ある人がデジタルカメラ批判の中で、「デジカメは実用品だからつまらない」と書いていた。また、84歳のおじいさんの掲示板への書き込みで「不便だからこそ人は楽しいんだよ」とあった。
フィルムカメラは不便だ。フィルムの取り扱いには気をつかうし、1回で撮れる枚数も限られている。現像には時間もお金もかかる。フィルムから自分でプリントしたければ、それなりの設備と技術が必要になる。
しかし昔からフィルムで撮り続けてきた人に言わせると、それこそが写真というものの楽しみであったという。露出を合わせ、慎重に現像し、酸っぱい臭いにまみれながらプリントする。今は全てパソコンでできるから、便利になりすぎてしまってつまらないということだ。
困難な技術を身につけたときにしか得られないことがあるのは、確かだと思う。でも時代は変化するものだ。あることをするために、いろんな手段ができるのはとてもいいことだと僕は思う。それによってその分野の間口が広がっていく。3歳の女の子でも写真を撮れるようになる。大切なのは、古い選択肢、不便な選択肢も残しておくこと、それぞれが自分の好きな手段で、やりたいことをできるようにしておくことじゃないだろうか。
2010.6.10
空想 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
・湯君とスカイプで打ち合わせ。スカイプには画面共有機能があって、互いのスクリーンを見ながら話すことができる。ソフトの設定方法を画面を見ながら説明できるし、資料がデータだけなら打ち合わせも簡単だ。
・テレビ朝日で毎週水曜日に池上彰さん司会の「そうだったのか! 池上彰の学べるニュース」をやっている。以前一度打ち切られてしまったのだが、視聴者の強い要望があったのか復活した。毎週とてもわかりやすく世の中の出来事を解説してくれるので、とても楽しみにしている。今週は新内閣と、南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ氏についてだった。マンデラさんのお顔を見るとなぜかほっとするのは僕だけだろうか。過酷な人生を生き抜いてきた人だったようだ。
・こないだ買ったポトスには思った以上に頻繁に水を与えないとすぐにしょんぼりしてきてしまう。最低でも週に2回くらいは水をあげたほうがいいみたいだ。
2010.6.11
丹沢山にかかる夕日 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
・湯君と仕事の打ち合わせをするため、互いの中間地点になる藤沢まで出かけた。小田急線で町田から南へ急行で20分。初めて来たが、なかなか大きな町だ。
・マクドナルドの窓際の席で打ち合わせをしている間、目の前を人々が通り過ぎていく。駅へ向かう人、駅から帰る人、マンホールのフタですべってこける男の子。
・通り過ぎる小学生以下の子供達がみんな、魔法使いがかぶっているようなデザインの帽子をしていた。円錐形で、やわらかい生地でできていて、先端にふわふわの球がついているやつ。今子供達の間で人気なのか、それとも藤沢限定なのか?
・互いの環境を揃えて、これからの開発に備えた。今月は忙しくなりそうだ。
2010.6.12
居間でカメラを無視するマメ 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
もうちょっと片付けてから撮ればよかった
今日はひだの家にて日記を書いている。用事があって出かけているひだのさんの家の留守(主に愛犬さくらちゃんの散歩)を任されているのだ。
昼前にひだのさんを見送った後、お弁当を買って近所をぶらぶら歩いていると、以前バーベキューをした清瀬金山緑地公園に辿り着いた。川に隣接した人工の池のあるきれいな公園で、子供達が遠足に来ていたり、家族連れが河原で水遊びをしていたりと、とても賑わっていた。そんな風景を見ながら食べるオリジン弁当の鰻重はとてもうまかった。
帰り際に、今日この公園で蛍鑑賞会というのが開かれるのを貼り紙で知って、夜のさくらちゃんの散歩ついでに観に行ってくることにした。
蛍のいる場所は公園の一部、人工池に注ぐ小川を低いフェンスで囲った長さ20メートルくらいの小さな範囲で、背の低い草木が生い茂っており、その中で蛍は繁殖しているようだ。見えた光で判断すると、少なくとも数十匹はいた。明滅を繰り返しながら暗闇に軌跡を描いては、観る人達の歓声を誘っていた。一部の人達は蛍と同じくらいスピッツのさくらちゃんが気になったようで、盛んに撫でられていたが。
蛍の光はとても幻想的だ。きっとあの色がとても効果的なのだろうなと思う。赤でも青でも黄でもなく、薄い緑色。蛍を追いかける子供達の姿は、夢の中にいるみたいだった。たまたま手に留まった蛍を小さな女の子にそっと渡してあげると、深く感動していた。いいことをした。
蛍は生まれてから1年かけて成虫になり、その後2週間しか生きられない。この公園ではもうしばらく観ることができるそうだ。
2010.6.13
いつも挨拶してくる柴犬(マメは無視) 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
あまりよく眠れず5時に目覚めたが、さくらちゃんを散歩に連れ出すには早すぎると思い、しばらくうつらうつらとする。6時に出発。今日は雲が多く涼しい。早朝にもかかわらず川べりの道ではすでに多くの人達が散歩していた。茶色いポメラニアンを連れた陽気なご夫婦としばらく話した。30分ほど散歩して帰る。
まずさくらちゃんにはひだのさんに言われた通りにごはんをあげて、昨日の晩作った味噌汁と炊いたご飯を片付けることにした。ズッキーニと玉ねぎをバターと醤油で炒めておかずにした。野菜づくしだ。デザートは昨日買っておいたLG21。
食器を片付け、仕事の続きをする。まだ開発環境も完全に整っておらず、なかなか進まない。お昼を過ぎた頃にひだのさんから連絡があり、帰宅は10時頃になるという。考えた末、ひだのさんに会ってから帰ることにした。ネットで近所のお店を調べて、近くの手打ちうどん屋さんに行き、昼食にした。ボリュームたっぷりでなかなかおいしかった。
家に戻り、夕方まで仕事をして、眠気で集中できなくなってきたのでさくらちゃんと一緒に昼寝した。
気がつくと夜になっていた。ざっと片付けて帰り支度をする。ひだのさん東京駅着の連絡を受け、荷物をまとめさくらちゃんを連れて駅へ向かった。途中の道でひだのさんに会う。駅前の中華料理屋で一緒に夕食を食べ、駅で見送ってもらった。旅行みやげのチーズケーキを持たせてくれた。
ひだのさんの新幹線の話と、武蔵野線のホームを通り過ぎていく貨物列車が、いくつかの思い出を呼び覚ましてくれた。蛍が観られてよかったな、と思った。
2010.6.15
階段の上のはなちゃん 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
・昨日今日と仕事がたてこんで日記も書けなかった。朝から晩までひたすらコーディング。目が疲れた。
・共同作業なのでassemblaのSubversionリポジトリホスティングサービスをCodaから使うことにした。慣れるまでSubversionのエラーが頻発して作業がまともに進まず、これじゃあ普通に手動でDropbox使って管理した方が早いんじゃないかと思ったが、今は何とか普通に使えている。よくわからないエラーが出たら一旦ローカルのファイルを全部消して、リポジトリから復元してしまった方が早いようだ。
・またCodaのSubversion用インターフェイスも完全ではないため、度々コンソールからコマンドを打つ必要がある。と言ってもresolveとcleanupくらいだが。
・コミットの前にはアップデートすること、通信中はおとなしく待つことを心がけるべし。
2010.6.16
青い帰り路 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
・急に暑くなった。昨日まで朝は涼しかったのに。
・午前中に仕事を片付けて、お昼は家族とうどんを食べに出かけた。
・帰ってからC&Wのコーディングを進めた。
・あんまり日記に書くことがないとしょんぼりする。
2010.6.17
千葉のおじいちゃん 2009.4
KODAK ULTRACOLOR 400
僕がユーリ・ノルシュテインの映像に初めて触れたのは、10年近く前に、渋谷をぶらぶらしていた時だった。何気なく立ち寄ったパルコの本屋の一角で、たまたまノルシュテイン特集が組まれていた。通路に向けて置かれていたテレビに流れていた「霧につつまれたハリネズミ」を観たときの衝撃は、いまでも忘れられない。世の中にこんなアニメーションがあるなんて!まるで描き込まれた絵本がそのまま動いているかのようだった。後にDVD化され、もう何度観たかわからないほど繰り返し観た今でも、その印象は衰えない。ただ美しいだけではなくて、それ以上に大切なものが作品に含まれていることも、何度も観てしまう理由のひとつだと思う。DVDには他の代表的な作品がいくつも収められていて、絵本的な作品が多いのだが、特に「話の話」という短いエピソードが不思議な繋がりを持った作品には心の奥の方に触れるなにかがあった。静かで長い作品なので、途中で何度も寝てしまったものだが。
そんなノルシュテイン氏の作品展が今、神奈川は葉山の神奈川県立近代美術館(葉山館)で開かれているというので、どうしても観に行かなければならなかった。11時に出発して、到着は1時をまわっていた。葉山は遠かったが、観に行った甲斐があった。
エントランスから入ってすぐに、何度も観たハリネズミのヨージックと、その後を追うミミズクのワンシーンが、そのままそこにあった。というのも氏の作品は、間隔をあけて何枚も重ねられたガラスの板の上に、キャラクターや背景のセル画を置いて1コマずつ撮影するというマルチプレーン(多層)という技法を用いて制作されていて、このために映像作品でありながら深い立体感があるのだが、映像の完成後にはより作品の世界観を深めるために、これらのマルチプレーンで制作された場面の一部をひとつの作品として「マケット」という形で保存しているのだ。何度も観た映像の現物を、ヨージックや背景のタッチのひとつひとつまで自分の目で見られたことに感激した。また「ハリネズミ」はもちろん、他のどの作品も膨大なデッサン・絵コンテ・エスキースから成り立っていることにも驚かされた。「ハリネズミ」には初期の絵コンテと最終版の絵コンテとがあって、はっきりと完成度が上がっていることが見てとれた。
そして氏がライフワークとして取り組んでおり、着手から30年を経た今もなお制作が続いている作品「外套」。作品の一部を会場で観ることができたが、空気感すら感じられるほど緻密な人物描写で、妥協を許さない氏の姿勢は今も健在だということを確認できた(そのせいで、奥さんとはケンカもしているようだが)。ただこの作品はライフワークと公言しているだけあって、氏が生きている間は完成しないのではないかと思う。それでも続きを観るのはとても楽しみではある。
そして最後に観たのは、連句アニメーションの発句としての作品「冬の日」。実在した旅人松尾芭蕉が、架空の旅人竹齋(ちくさい)と出会う、という話。この作品も観るのは初めてだった。テーマが衣服に対する態度という点で「外套」と共通しており、その結果は対照的だ。氏は「冬の日」の竹齋に理想を、「外套」のアカーキーに現実を投影したのではないだろうかと僕は思った。
イマジネーションをなくした人間に未来はない、と言うノルシュテイン氏。徹底してリアリティを追求するかたわらで、どこかユーモアがあり、笑いを誘うキャラクターが描かれるのは、やはり想像力の持つ力を信じているからなのかもしれない。
「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」は、神奈川県立近代美術館にて6月27日まで。なおこの展示は国内を巡回するらしく、7月からは高知県立美術館、10月から福岡三菱地所アルティアム、12月から足利市立美術館でも開かれるそうだ。
偶然だが、今日選んだおじいちゃんの写真は、ちょっとアカーキーに似ている。
2010.6.18
神奈川県立近代美術館は海のすぐそばにある美術館だったので、展示を見終え、遅い昼食を食べた後は海岸沿いをぶらぶら歩いて帰ることにした。
美術館の小さな脇道を降りていくと、すぐに目の前が開けて海になった。海へ続く道の左右は、これから盛りを迎える海の家の準備でお兄さん達が忙しそうに働いていた。砂浜には一人で本を読んでいるお姉さんや、犬の散歩をしている子供。そして沖の方にはウィンドサーフィンのカラフルな三角が翻っていた。
しばらく砂浜に座って、寄せては砕ける波を見ていた。いつかきれいな海のそばにある家に住もうと思った。
打ち寄せた海藻がニオイを放つ砂浜をどんどん北へ歩いて行くと、テトラポッドが積まれていて先に進めなくなったので、階段を登って道路に出た。大きな駐車場があって、夏にはきっと海水浴の客でいっぱいになるのだろうと思った。
神奈川県では近く選挙があるようで、やかましい選挙カーが通り過ぎていく。道路をそれて海の方へ向かった。新しいが人の気配のないマンションが何棟か建っていて、そこから細い道路と胸の高さまでのコンクリートの壁を隔ててすぐに海になっている。下に降りる階段の入り口には、この近辺の岩場が天然記念物であることを説明している看板があった。
道が右に曲がると、海の正面に江ノ島と夕日が見え、遙か遠くには伊豆半島の影が連なっていた。きっと晴れた日には富士山も見えるのだろう。何人もの人が、夕日を見ながら釣り糸を垂れていた。
だいぶ日が傾いてきたが、もう少し歩いてみることにした。目つきの鋭い猫のいる港を通り過ぎて、また砂浜に通じる階段を見つけた。お父さんの後を付いて走る小さな犬。夕日と江ノ島の写真を大きなカメラで撮っているおじさん。何も言わず二人で眺めているカップル。僕は階段の上から、日が沈むまでを眺めていようと思った。日が落ちるまでにいろんな人達が集まってきて、一緒に沈んでいく太陽を見た。
山の頂上にすこしずつ消えていく太陽は、黄色に輝く円盤だった。僕が東京でどんな生活をしていようとも、一日はこんなに美しく終わっていく。良い一日が送れたことに感謝して、逗子を後にした。
2010.6.19
長谷川家の兄弟 2009.4
FUJICOLOR SUPERIA X-TRA 400
・ここ最近6時間以上眠れない。6時間寝ると目が覚めるが、かといって睡眠の質も良いわけでもない。花粉症で鼻が詰まり気味のせいかもしれない。
・そんなわけで比較的朝早く目が覚めたので、ぼちぼち仕事を進めた。進捗状況はあまり芳しくない。ギャラも下がってしまいそうで、あまりいいニュースがない。
・未現像のフィルムの本数が2桁に。
・爪が伸びるのが早い。一昨日切ったのにもう伸びていた。指先をよく使っていると循環が良くなって爪が伸びやすいらしい。キーボードを叩きまくってるせいだろうか。
・暑くなってきた。散歩から帰ってきたマメが長い時間あえいでいる。不憫なのでマメ用の冷蔵庫でも買い与えようかと考える。暑いときにマメ本体を入れておくための。
2010.6.20
青い朝 2009.7
KODAK EKTAR 100
徹夜した朝、洗面所に行くと、窓が青く光ってきていた。風呂を覗き込んだら、全てのものが青色になっていた。いそいでカメラを持ってきて、風呂の中を何枚か撮った。こんなときに限って低感度のフィルムが入っている。でも、ちゃんと青い光が写っていた。
2010.6.22
階段で待ってるはなちゃん 2009.7
KODAK EKTAR 100
・マメのフローリング寝率の上昇著しい
・でも庭に放すとおおはしゃぎする
・庭では自分の穴の手入れに余念がない
・そして家の中に戻ると死にそうなくらいあえいでいる
・はなちゃんはどんなに暑くてもフカフカの場所で寝るのがいいようだ
・たびたび家の中で姿が見えなくなるのだが、必ずどこかに潜んでいる
・母が心配して探していたが、今日も夕方になって出てきた
・はなちゃんの秘密の空間があるのかもしれない
2010.6.23
散歩道 2009.7
KODAK EKTAR 100
コダックの低感度微粒子フィルム。明るい部分の描写は確かになめらかだが、暗い部分は粒状感(ざらざらした感じ)が目立つ。また影がつぶれやすいようで、一定の暗さから急にトーンが落ちるようだ。発色は自然だが、全体的には青っぽい。人工光ではかなり不自然に青緑色がかぶる。自然光での風景写真に向いているフィルムだと思う。
2010.6.24
気付いたら水をやるようにしている、無印で買った小さなポトス。気がつくと枝の分かれ目のところから新しい葉っぱが出てきていた。ポトスはがんばっている。こんな小さな植物に励まされることもあるのだなと思った。
2010.6.25
雨の多いこの時期、マメの散歩は雨合羽を着せて出かけることが多い。ファッション的な意味はなく、毛深いマメは濡れると拭くのが大変なのと、腹側がドロだらけになってしまうためだ。「動物のお医者さん」で、雨の中上半分のカッパを着せられて大学まで来たチョビが、しかし腹側がドロだらけになってしまいぞうきんの上に座らされているというシーンがあった。二階堂に「ちゃんとふいてやれよ」と言われ、「しかし帰りもまたよごれる」と答えるハムテルの気持ちは、マメがきてよくわかるようになった。
2010.6.28
こないだ5ミリくらいの薄緑色の新しい葉っぱが出てきているなと思っていたら、今日はもうストライプが入った1.5センチの葉に成長していた。それより高い位置にあった細長くネジのように丸まっていたものは、3センチくらいの大きな葉っぱとして開いていた。小さなポトスの成長ぶりに驚くばかり。
2010.6.29
マメの食欲が少し戻った。
こないだ猫じゃらしを拾って遊んだせいか、はなちゃんがやたらとかまってほしがるようになった。今日は珍しく膝の上にまで乗り込んできた。少し涼しいとはいえさすがに毛皮が乗っていると暑い。