2010.9.6
写真とも絵画ともつかない不思議な作風で知られる写真家だが、実は抽象画家になりたかったというマン・レイの回顧展。世界中の美術館を巡回してきた展覧会で、初めて日本で開催するにあたり、今まで知られていなかった写真以外の様々な作品も展示する。
マン・レイについては正直予備知識がほとんどなくて、写真家としての名前をちょっと知っていただけだった。オフィシャルサイトを見ても特別惹かれる作品があったわけではなかったが、ある時代の第一線を走っていた写真家の作品というのを見ておきたいと思った。
アメリカで生まれ育ち、やがてパリで活躍するようになるマン・レイ。創作活動の分野はとても幅広く、また同じモチーフを思い出したように作り直すことがたびたびあったようだ。作品一つ一つの完成度にはばらつきがあり、また確たる個性、マン・レイらしい作品といえるべきスタイルが見受けられないように感じた。それは、表現の根本的なところで常に模索し続けていたからなのだろう。自分のやり方というものに固執せずに、いつも新しい表現を探している。言うなれば、スタイルがないことがマン・レイのスタイルだったのかもしれない。
抽象的でさっぱり意味不明な映像を眺めていると、なぜかとても元気づけられたような気がした。それは、いつまでもジタバタしていたっていいんだ、ということを体現していたからだったと思う。自分らしい作品とか、個性にこだわらなくてもいい。ただ作りたいように作ってみればそれでいいのだと。
2010.9.10
廊下にたたずむはなちゃん 2009.7
Sonnar 50mm f1.5
手頃な値段でフィルムスキャンしてくれる北海道の写真屋さんに出していたフィルム11本が帰ってきたので、またぼちぼち去年撮った写真を出していきたい。
カラー写真についてはあらゆる面でデジタルに軍配が上がる以上、フィルムを使うならやっぱりモノクロがいいかなと考えている。適切な露出で撮影されたモノクロの写真は黒が引き締まっていて、とてもかっこいい。カラーフィルムを使う場合、光源によっては色かぶりを起こしてしまうが、モノクロではその点を気にする必要もない。何より情報が少ないことで想像力を喚起するところがいいんだと思う。自分で現像・プリントできるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだが。
2010.9.12
妹が買ってきたラジコンヘリの小さいやつとはなちゃんと対決させてみた時の様子。あまり期待したような効果は得られず、はなちゃんの反応は写真3枚目のように微々たるものだった。
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マーク・トウェイン「ハックルベリイ・フィンの冒険」を読み終えた。アメリカで黒人が奴隷として使われていた時代。前作で一財産を得て中流家庭に迎えられた元浮浪児のフィンだったが、窮屈な暮らしに嫌気が差し、召使いとして使われていた黒人のジムと共に筏で町を逃げ出す。川を下っていくうちにフィンを待ち受けていたのは、座礁した舟、詐欺師たち、疑うことを知らない少女…
背表紙に「アメリカ文学の源泉」とか書かれていたので期待して読んだが、前作「トム・ソーヤーの冒険」の方が面白かったと思う。筏でどんどん川を下っていく最中は面白かったが、一旦筏が止まってしまうと物語も停滞してしまい、回りくどい描写や台詞だらけになって、とたんにつまらなくなってしまう。作者の描きたかったことはおそらく、子供の頃に誰もが持っていた想像力のことなんだろう。公園の遊具を船に見立てて、みんなで大海原を冒険していた、あの想像力のことだ。
大人になってしまった今ではばかばかしいと思ってしまうようなそんな空想の力を、作者は読む人にもう一度想起してもらおうとしたんじゃないだろうか。確かにそれは感じることができた。
2010.9.13
居間で暑そうにしているマメを部屋に連れて行こうとしたが
なぜか断固として拒否された。
移動するのが嫌なのか、部屋が窮屈なのが嫌なのか。
理由はわからないが無理矢理動かそうとすると怒るのでもう放っておいた。
東京新聞に連載中の、池澤夏樹「氷山の南」がクライマックスに。
これからどうなっちゃうのか気になってしょうがない。
2010.9.14
投票所からの帰り路に、ベランダでしゃぼん玉を作って遊んでいる女の子を見た。
真剣な顔つきで、仕事みたいにしゃぼん玉を飛ばしていた。
歩きながら3枚撮った。女の子の表情は変わらなかった。
2010.9.15
今朝、マメと散歩をしていると、前から車がゆっくり走ってくるのが見えた。
路の左側を歩いていたので、マメを左端に寄せて通り過ぎようとしたが
タイミング悪く左の民家から人が出てきてしまい、
驚いたマメが道の中央に飛び退いてしまった。
幸い、警戒してくれていた車が減速し、マメに怪我は無かったが
非常に危ないところだった。
これから道で車とすれ違うときは、止まってやり過ごさないといけない。
2010.9.17
かれこれ2年くらい使ってるラジオ録音用のMP3プレイヤーが、バッテリーの不具合のためにリコールがかかったらしく、電池交換手続きのお知らせが届いた。リコール窓口に電話して、佐川急便のお兄さんに本体だけを渡すと、約1週間後に本体は帰ってきた。が、なぜか一緒にバッテリーが一つ入っている。梱包物の書類にこのバッテリーに関する記述はない。本体を開けて確認すると、入っているバッテリーと同じ型番だ。予備のバッテリー?それとも外した古いバッテリーだろうか?昔デジカメの液晶画面が割れて交換してもらったときに、なぜか交換した液晶画面も本体と一緒に渡されて(これを貰っても…)と思ったものだが、あれと同じ理由があるのだろうか。
再びリコール窓口に電話すると、どうも要領を得ない。どうやら交換した工場で起きたことまでは把握できないようだ。折り返し工場から電話してもらうことになった。あくる日、工場から電話。どうやら手違いだったらしい。着払いで返送してくれとのこと。少々めんどくさいが仕方ない。封筒に詰めて返送。
サン電子(ゲームソフトメーカーとしても知られる)はユーザーサポートがとても手厚く、以前ヘッドフォンが断線してしまった折には新品を送ってくれたりして、僕としてはとても好感度が高いメーカーなので、リコールについてはちょっと残念だったなと思う。まぁ、ユーザーとしては少しの手間でバッテリーの寿命が延びたので、ラッキーだったのだけど。
2010.9.20
5年前に購入し、自転車旅行に散歩にと酷使し続けてきたCANONのIXY DIGITAL 600。さすがに寿命が近づいてきたらしく、影に縞々のノイズがのるようになってきた。思えば購入直後に落としてファインダーとボディを交換したり、旅行中幾度となく自転車のハンドルに叩きつけられたり、潮風の影響かレンズバリアが開かなくなったり、散歩中に落として液晶を割ったり、レンズの隙間から黒いビニールの輪っかが出てきたけど見なかったことにしたりと、幾多の試練を乗り越えてきた優秀なカメラだ。思い入れがあるので処分はしないが、仕事で使うには心許ないので、新しいカメラを探すことにした。
候補は2台あって、1台はCANONのS95。ボディの大きさはIXYと同じくらいで、明るいレンズと高感度センサーを備えていて暗所に強く、マニュアル撮影機能も充実している。すっきりしたデザインも良い感じだ。ただしサンプルを見る限り画質がいまひとつ。もう1台はPanasonicのLUMIX LX5。ボディはやや大きく、デザインもちょっとアレだが、レンズの性能が高く画質は同価格帯の中で一番良さそう。また比較的バッテリーの持ちが良いようだ。
パソコンと同じで、もはやデジカメの性能も限界に届きつつあり、あとはデザインや手触りが個々人の好みに合うかどうかというだけの問題なんじゃないかと少し思っていた。しかしよく見比べてみると、やっぱりそれぞれのメーカーや機種の個性というのは撮られた写真によく現れている。
2010.9.21
写真は去年銀ブラしたときに撮った銀座の人々。何がどうなると工事現場のおっちゃんと外人さんが談笑することになるのかはわからない。
今日は町田くんだりまで繰り出して、キヤノンのS95とパナソニックのLX5を触り比べてきた(前もやったのに)。事前にアメリカ在住?の方のウェブアルバムでこの2機種を撮り比べてくれた人を発見、穴が空くほど見比べた結果「風景はLX5の圧勝、室内は僅差でS95の勝利」という結論を出すに至った。が、お店で実際に触れてみると、S95の外装の作りの良さや、洗練されたユーザーインターフェイス(ボタン類の配置や、画面のレイアウト等)に惹かれる。キヤノンの操作体系に慣れていることもあるのだろうが、LX5はあまり直感的に操作できない印象で、画面表示も少々わかりにくい。
キヤノンの販売員さんに迷っている旨話してみると、やはりこの2機種は互いに意識して作られているそうで、比較する人も多いようだ。LX5の方が画質が良いのは販売員さんも認めるところで、それはCCDの大きさがS95よりLX5の方が大きいことに起因するのだという(LX5は1/1.63型、S95は1/1.7型)。S95の優れている点としては、オート撮影時の識別シーン数が28種類もあるので、同機能で識別シーン数が8種類しかないLX5に比べて柔軟に対応できること。つまりカメラの設定はカメラにお任せして手軽に撮りたければS95が、マニュアル操作重視ならLX5がいいのでは、と話してくれた。
うーん、オート撮影を使うことはなさそうなので、そう言われちゃうとLX5にいかざるを得ないが…、画質の違いといっても微妙な差ではあるし、携帯性を考えると…、と迷いは尽きない。
追記:LX5を購入しました。作例はこちら:
・長谷川ライディングファームへ(LX5実戦投入)
・丹沢・岳ノ台登山
2010.9.22
上野の国立科学博物館、通称「科博」で、春に開かれていた「陸のなかまたち」が非常に面白かったので、後編である「海のなかまたち」にも行ってきた。以下ネタバレしない程度に感想。
前編の「陸のなかまたち」同様、大型の剥製や模型による展示が主で、前編も十分に興味をそそる上手い展示方法だったが、今回はさらに専門用語やわかりにくい部分を排除し、より楽しく興味深い展示になっていると感じた。重要な部分を押さえつつも、子供達にも十分に理解でき、楽しめる内容になっている。模型や骨格の標本は非常に良くできているし、目から鱗な情報がとても多くて楽しめた。最後のストランディング研究最前線の展示の一部はややまとまりに欠け、わかりづらい部分もあったが、全体的にとてもいい展示だった。
友人と一緒に、閉館時間までの余裕を見て1時頃入館したが、じっくり一通り見て回ると3時間があっという間に過ぎていて驚いた。その後日本館まで見て回ると、足はくたくたに。平日にもかかわらず人手は多く、ひとつの展示を見るのに少し待つことも多かったので、土日はかなりの混雑が予想される。しかし少しでも興味のある人にとっては、観に行って損のない展示だと思う。26日まで。
2010.9.24
フランシス・ランドール。登山家であり、バイオリニストであるという、スーパー・レディだった。
夏の間は、アラスカ山脈のカヒルトナ氷河上に大きなキャンバステントを張り、マッキンレーを登ろうとする世界中の登山者の面倒を見た。カヒルトナ氷河の花だった。日本人の登山者のために日本語を勉強し、緊急事態の日本語をトランシーバーでキャッチできることをとても喜んでいた。
僕は、彼女のフェアバンクスの丸太小屋に、夏の間住んだ。冬になると、フランシスはフェアバンクス・シンフォニーでバイオリンを弾いた。
1984年秋、がんであることを知った。その冬、最期に好きだったニューヨークに飛び、一日中散歩をして、翌日死亡。フェアバンクスで、音楽家のためのフランシス・ランドール基金が設立された。
星野道夫「長い旅の途上」より
僕は散歩が好きで、よくマメと一緒に近所の尾根を歩く。春から夏にかけてはウグイスが鳴き、緑にあふれ、影の色が濃い。やわらかい土のそこかしこにモグラの穴が盛り上がっている。冬になると空気が澄んで遠くまで見渡せるようになり、真っ白な富士山が見える度に、何度でもその姿に驚く。靄のかかる朝は山間が朝日に霞み、町中にもかかわらず絵画のような美しさがある。散歩には驚きと発見がある。だから出かけたくなるのかもしれない。
上記の一節は、「アラスカ・グレイブストーン(墓標)」として星野道夫氏が遺したもので、アラスカに生涯を捧げた人々の一人として紹介されていたものだ。
僕が強く打たれたのは最後の一節、死の直前に散歩をして、この世を去ったという部分だった。そのときフランシス氏はどんな気持ちで、大好きなニューヨークの街を歩いたのだろうか。様々な山に登って、いろんな人に会い、いろんな曲を弾き、最期にしたかったことが「散歩すること」だった。彼女の目に、ニューヨークの街並みはどれほど美しく映っていたのだろう。街の喧騒は、どれほど美しく聞こえただろう。どれほど満足な気持ちで、家路に着いたのだろう。
彼女の最期の行動から何を学ぶか。人生で最後の散歩の日がやってきたとき、その散歩をどんな気持ちでできるか…、いや、そんな単純なことではない気がする。このエピソードには、何かすごく大切なことが含まれている。それが何なのかをわかるには、まだまだ人生の経験が足りないみたいだ。
2010.9.29
長谷川ライディングファーム 2010.9.26-28
千葉県市原市の乗馬クラブ、長谷川ライディングファームへ、ウェブサイトのリニューアルのための取材に行ってきた。取材とは言っても、乗馬クラブはいとこのおじさんが運営しているので、取材半分、遊び半分といったところか。Panasonicのデジカメ、LUMIX LX5も(この取材を口実に)手に入れたので、カメラの実戦投入試験も兼ねている。
最初にウェブサイトを作ったときには所有馬は十数頭しかいなかったが、自馬受入を増やしたり、行き場を失った馬を受け入れたり、クラブ内で誕生したりで、今や21頭を数えるまでになっている。一棟の厩舎では足りなくなり、仮設のポニー厩舎を建ててしのいでいるほどだ。
クラブの雰囲気は相変わらずのんびりしている。動物たちやいとこと一緒にいるだけで楽しく、最終日には装蹄師さんの仕事を間近で見学することもでき、退屈することのない3日間だった。
LX5の性能は素晴らしく、懸案だった操作性の悪さは想像していたほど気になるレベルではなかった。マクロは予想以上に高性能だし、手ぶれ補正機能も非常に良好で、実際シャッタースピード2〜3段分の効果はあるようだ。しばらくフルマニュアルなカメラで撮っていたせいもあってシャッター/絞り優先モードがとても使いやすく、要求にきちんとついてこれるカメラであることが確認でき、とても満足している。これからの活躍が楽しみだ。
2010.9.30
新宿のコニカミノルタプラザでやってるティム・レイマン写真展「BIODIVERSITY」を観てきた。野生動物の写真家で、かつ生物学の博士でもあるティム・レイマン博士の写真展。
南の島の写真が多く、色鮮やかで、科学写真なのについ微笑んでしまったり、驚かせられるような写真ばかりだった。そこには作者の、堅苦しくない、親しみやすい写真を通して、幅広く多くの人に野生動物への興味を持って欲しいという意図もあるのだろう。
そういう意図に通じる部分もあるが、この写真展を通じてあらためて思ったことは、ナショナルジオグラフィックに掲載されるような世界的に見ても質の高い自然写真というのは、芸術性と科学性を高度なレベルで両立させているところに特徴があるということだ。科学性という言葉は資料性とでも言うべきだろうか。構図の取り方や、ピントの位置などは作者の意図するところをよく現してはいるが、なおかつ資料としての価値を高いレベルで維持している。
日本の写真家の自然写真と海外の写真家のそれとでは何かが違うなと感じていたが、その理由の一つがよくわかる、美しい写真展だった。