僕ができること
2011.4.18

節目に想う 2010.4.3
写真は去年花見に行く途中で撮ったもの。たぶん引っ越しの最中。なぜかとても気に入っている。
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地震が起きてからずっと、自分に出来ることは何なのか考えている。これだ!というものはまだなく、とりとめもないことばかりだが、自分なりに考えたことを残しておきたい。
支援の方法。一般人に過ぎない僕ができることといえば
・直接支援(ボランティアへの参加など、現地へ行って援助する)
・後方支援(寄付、物資の郵送など)
の2つが大きなところだろう。直接支援は何度も考えたが、普段ろくに運動してない自分が体力の低さから足手まといになるところが容易に想像できた。
支援活動は大切なことだが、それは社会における自分の基盤が無ければできないことであり、自分の仕事や、生活のためにやるべきことも同じくらい大切で、どちらかに偏りすぎてもいけない。となると、様々ある後方支援の中でも、援助団体への寄付や、現地の人達への物資の輸送が妥当なとこだろうか。
それから、継続的に支援すること。一度大きなお金を落としたから、とか、落ち着いてきたから、という理由で、興味を失ってはいけない。復興は年単位で進められる。1ヶ月に一度でもいいので、自分に何が出来るか考える時間を作ること。カレンダーに書き込むか、いつも使っているスケジュール管理ソフトに繰り返し予定として入力する。
そして、困っている人々は、福島だけでなく、世界中のあらゆる場所に、ずっと前から存在すること。
誰かが言った。「この震災時に、笑っているのは不謹慎だ」と。では、震災前なら良かったのだろうか。アフガニスタンで爆撃によって家族を失った人がいても、日本でテレビを見て笑っていられるのは不謹慎ではないのだろうか。アフガニスタンは遠い国で、日本にはあまり関係ないから?タジク人が困っていても別にいいけど、日本人が困っているのは辛いから?
宮沢賢治は「世界ぜんたいが幸せにならないうちは、個人の幸せはありえない」と言った。真理だと思う。でも、そんなことを言うのなら、誰一人明るく暮らすことはできなくなってしまう。たぶん日本に住む人全員が、幸せではありえない、ということになるだろう。
答えはない。でも、今度の震災は、そのことを考えるきっかけになったと思う。福島やその他の震災被災者についても考えていかなければならないけれど、困っている人達は世界中にもたくさんいる。被災した人達を身近に感じたことで、遠い国で同じ思いをしている人達まで意識が及ぶようになっていけばいいと思う。
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地震が起きてからずっと、自分に出来ることは何なのか考えている。これだ!というものはまだなく、とりとめもないことばかりだが、自分なりに考えたことを残しておきたい。
支援の方法。一般人に過ぎない僕ができることといえば
・直接支援(ボランティアへの参加など、現地へ行って援助する)
・後方支援(寄付、物資の郵送など)
の2つが大きなところだろう。直接支援は何度も考えたが、普段ろくに運動してない自分が体力の低さから足手まといになるところが容易に想像できた。
支援活動は大切なことだが、それは社会における自分の基盤が無ければできないことであり、自分の仕事や、生活のためにやるべきことも同じくらい大切で、どちらかに偏りすぎてもいけない。となると、様々ある後方支援の中でも、援助団体への寄付や、現地の人達への物資の輸送が妥当なとこだろうか。
それから、継続的に支援すること。一度大きなお金を落としたから、とか、落ち着いてきたから、という理由で、興味を失ってはいけない。復興は年単位で進められる。1ヶ月に一度でもいいので、自分に何が出来るか考える時間を作ること。カレンダーに書き込むか、いつも使っているスケジュール管理ソフトに繰り返し予定として入力する。
そして、困っている人々は、福島だけでなく、世界中のあらゆる場所に、ずっと前から存在すること。
誰かが言った。「この震災時に、笑っているのは不謹慎だ」と。では、震災前なら良かったのだろうか。アフガニスタンで爆撃によって家族を失った人がいても、日本でテレビを見て笑っていられるのは不謹慎ではないのだろうか。アフガニスタンは遠い国で、日本にはあまり関係ないから?タジク人が困っていても別にいいけど、日本人が困っているのは辛いから?
宮沢賢治は「世界ぜんたいが幸せにならないうちは、個人の幸せはありえない」と言った。真理だと思う。でも、そんなことを言うのなら、誰一人明るく暮らすことはできなくなってしまう。たぶん日本に住む人全員が、幸せではありえない、ということになるだろう。
答えはない。でも、今度の震災は、そのことを考えるきっかけになったと思う。福島やその他の震災被災者についても考えていかなければならないけれど、困っている人達は世界中にもたくさんいる。被災した人達を身近に感じたことで、遠い国で同じ思いをしている人達まで意識が及ぶようになっていけばいいと思う。