鼻中隔湾曲症矯正手術顛末記

鼻中隔湾曲症矯正手術顛末記

鼻中隔湾曲症矯正手術のために、2011年9月〜10月にかけて入院しました。

きっかけ

鼻の通りの悪さにかけては、元々相当の自信があった。幼少期のアレルギー性鼻炎に始まり、毎年の花粉症、少しの刺激で鼻血が出ること、そして睡眠時無呼吸症候群。これら全てが鼻中隔湾曲症の症状に合致するとわかったのは最近のことだ。鼻の通りの改善のため、鼻の粘膜を薬で灼く手術を受けたりもしたが、結局はっきりとした効果は得られず、やはり根本的に鼻の構造を治さないといけないと思い至った。

検査

大船中央病院
9月初頭、行きつけの耳鼻科で鼻中隔湾曲症のことを相談すると、先生は少し考えてから、先生の師匠にあたる人のいる大船の大船中央病院を紹介してくれた。病院は少し遠かったが、場所が不便でも腕のいい先生に執刀してもらった方がいい。紹介状をもらい、電話で予約する。

10日。朝早くに検査のため受診。建物は古いが設備はけっこう新しい印象。耳鼻科の先生は話をよく聞いてくれて、感じもよかった。今日はCTスキャンの予約がいっぱいらしいので、CTスキャンだけ次回行い、それ以外の検査を今日行うことになった。今日は尿検査、血液検査、心電図、肺活量?検査、レントゲン撮影を行う。病院のいろいろな部屋を巡る検査ツアーだ。

注射針はどうも苦手で、採血のおばあさん看護婦さんと話をして紛らわす。血液は何本かのビンに分けられ、それぞれ目的ごとに元々入れられている薬剤が違っていて、血の成分を分離させたり、固めたりしているのだと聞いた。

肺活量?の検査は初めてやるタイプのものだった。センサーに取り付けたトイレットペーパーの芯みたいな紙の筒をくわえて、お兄さんの指示通りに呼吸をすると、目の前のディスプレイにいろんな値が表示される。呼吸に合わせて線がふらふらと形を変えて面白い。後で知ったが、これは全身麻酔のときに取り付ける呼吸器のための検査らしい。

「かんのん」の刺身定食
全ての検査を終え、支払いマシーンで診察代を払い(病院のカードを入れると代金が表示される。効率的)、病院を後にした。駅の前の商店街が賑わっていたので、ぶらぶら歩いて見つけた定食屋で昼食をとる。刺身定食がとてもおいしかった。目の前で陣取っていたおじさん連中が昼間っからじゃんじゃん飲んでいたので、つられてグラスビールを注文。また来ることにしよう。

CTスキャン

マイ・ズガイコツ
CTスキャンをしてもらうのと入院の詳細を聞くのとで病院へ。CTの撮影後、耳鼻科の先生のところに移動し、手術のことや入院のことについて詳しく聞く。写真はそのとき撮らせてもらったもので、自分の顔を正面から見ている状態だ。鼻中隔が「く」の字に曲がっていることや、左の鼻の穴の中の粘膜が膨張していかにも通気を妨げているのがよくわかる。鼻の粘膜というのは一定時間ごとに膨張度が左右で入れ替わるらしい。たまにスコっという音がして鼻が通ることがあるのだが、あれはそういうことだったのかと納得。

気に入っている自分の鼻の高さが変わったりはしないと聞いて安心した。しかし長年鼻を支えてくれた軟骨ともあと一週間でお別れと考えると少し寂しい。

病室はこの時期けっこう混んでいるらしく、入院にあたって部屋のグレードの希望を第3希望まで聞かれた。入院費は全部で10万ちょっとだそうだ。寝巻は完全レンタル制になっていて、せっかく先週買って用意したのに意味なし。洗濯はできるようだが、洗濯機が少ないので下着は家族に持ってきてもらうことにした。

術後は当分シャンプーができないので、せめて汗をかきにくくしておこうと思い、帰りに美容室に寄って髪をなるべく短く切ってもらった。

入院1日目

ずいぶん先になると思っていたはずの初めての入院日があっという間に訪れ、そして過ぎ去ろうとしている。

八時に起き、入院道具を詰め込んだ登山用のリュックを背負って、母に最寄り駅まで送ってもらう。病院到着後、入院手続きを済ませる。3階にある4人部屋の一角に案内された。向かいのベッドは空で、隣のおじさんは検査入院のため1日しかいないそうだ。ベッドが空いたら窓側に移動できないだろうかと考える。もう一人の患者さんは奇遇にも同姓で、名前はいとこと同じだ。しかし同姓の患者が同室にいるのはリスク管理上問題ないのだろうか。先生も間違えていたし、「長谷川さん」と呼ばれるといちいち返事すべきか困る。

僕じゃない方の長谷川さんはかなり大きな手術をしたようで、残る入院期間は僕と同じくらいになるらしい。朝から奥さんが、昼からは息子さんがやってきて、静かだがとても仲良さそうにしていた。

初めての病院食
初めての病院食は、おいしくもマズくもなく、まぁこんなもんだろう。「粗食」という言葉がこれほどしっくりくる献立もないだろうなと思う。箸がついておらず、用意するよう言われてなかったので困った。とりあえず夕食分と合わせて割り箸を2膳もらった。明日の手術の付き添いに来る父に箸を持ってきてもらうことにする。

入院生活は退屈との戦いだと経験者から何度も聞かされていたので、英語やプログラミングの勉強道具や、未読の本、MacにiTunesで映画を何本もレンタルして準備しておいた。病室で過ごしていると、担当の看護婦さんやお医者さんが代わる代わるやってきて、今までの病歴などを根掘り葉掘り聞かれた。

大船中央病院前の交差点
7時前には夕食が運ばれてきたが、どうしても夕空を撮っておきたかったので、カメラを持って外へ。秋になったからか、遠くまで来たという気分のせいか、空気がおいしい。早足に病院の周りを一周し、何枚か写真を撮った。赤から青への澄んだグラデーションの空を背景に、交差点の上でコウモリが2羽舞っていた。

夕食後、浴室が空いているのを確認してシャワーを浴びる。立って入る狭いシャワー室を想像していたが、普通の風呂場でのびのびとシャワーできてよかった。明日からしばらくはシャンプーできないので念入りに頭を洗った。

そうこうしているうちにもうすぐ消灯時間の9時になる。昼間に半分まで観た映画「ガンジー」の続きを観たら寝ることにする。明日はいよいよ手術だが、手術よりも点滴のために針を刺すのがいやだなぁと思う。

入院2日目

初めての手術で気分が高ぶっていたのと、夜間ずっと別の部屋から騒ぎ声が聞こえていて、細切れに少しづつしか眠れなかった。6時頃にベッドから起きてトイレに行き、歯を磨き、手術の準備のために髭を剃った。

8時半、トイレから戻ると父と執刀医の先生がいた。水色で肩のところがボタンになっている手術着に着替える。左腕の外側に点滴の針を先生に刺してもらう。チューブはS字を描いて腕に固定され、チューブが移動しても針が動かないようになっているが、それでも少し痛い。

9時、点滴の柱(コロがついている銀色のやつ)を持って、手術室のある6階へ歩いて移動。エレベーターに乗ると、看護婦さんが特殊な操作をして階数表示の下に「特別運転」のランプが灯った。これで途中の階に止まらなくなるようだ。手術室のでかい扉の前で父に見送られる。大した手術ではないと頭でわかってはいても、いざ手術を受けるとなると心細くなるものだ。父が来てくれてよかったと思う。

手術室は大小2つの無影灯があり、その中央では体の幅にほぼぴったりのベッドが僕を待っていた。ベッドの頭の部分には茶色くて小さい便器みたいな形をした台が置いてあって、ここに頭を乗せるようだ。緊張していたせいか、その他の設備のことはさっぱり覚えていない。ヒーリング・ミュージックっぽい曲がごく小さい音量でかかっていて、好きな音楽はあるかと聞かれたが、そのままでいいですと答えた。昨日の麻酔医のおじさんが麻酔についての説明をしてくれた。柔軟性のないごつい酸素マスクを口の上に乗せられ、体がフワフワしてきたなぁと思っているうちに眠ってしまった。

次に目が覚めると、喉にすっぽりと呼吸用の管が通されていた。昨日の説明では麻酔が効いているうちに入れられて目が覚める前に抜かれるという話だったが、どうやら抜かれる前に目覚めてしまったようだ。とても苦しいが、麻酔の先生が「回数が増えないねぇ〜」などと言ってなかなか抜いてくれない。ちゃんと呼吸が復活するまで管は抜けないらしい。しかし苦しい。身振りで抜いて欲しいと伝えようとしたが、腕も体もいつのまにかガッチリと固定されていて何もできなかった。ようやく管が抜かれると自力で呼吸ができた。あれ、鼻でも呼吸できるじゃん、と思ったが、勘違いだったようだ。鼻はガーゼと綿球で埋め尽くされていた。ドラマ「ER」で見たのと同じやり方で2回ベッドを移され、そのまま部屋まで運ばれた。移動しながら天井を見ていたら目が回りそうになった。

意識ははっきりしているが、体も喉もろくに動かない。父の帰り際、こないだ行った大船の食堂の名前を言おうとしたが、うつろな声しか出なかった。術後2時間くらい経ち、体調が落ち着いてきたのを見て父は帰った。

今日の担当の看護婦さんは、今週会社を去った社員の人にとてもよく似ており、親近感を感じる。どの看護婦さんもとても親切に身の回りの世話をしてくれる。3時頃動けるようになったので、トイレに行き、洗面所で口と喉に溜まりまくった唾と痰を吐き出した。痰はもれなく血痰だったが、鼻血の多い僕はちょくちょく経験していたので慣れっこだった。うがいをしてとてもスッキリした。4回ほどこれを繰り返すと、夜になってようやく血痰が減ってきた。

夕食のおかゆ
何もする気にならず、ベッドの上でひたすら安静にして過ごす。夕方になってお腹が減ってきたので、夕食は食べられそうかと聞かれてはいと答える。夕食はごはんがおかゆに変わっただけで、おかずは普段通りだ。匂いがわからないから病院食はマズいだろうと思っていたが、予想に反してとてもおいしかった。

点滴針の痛みは術後にどうしても我慢しきれなくなり、夕食を完食したこともあって、看護婦さんに一度針を抜いてもらった。明日のことを考えると憂鬱だが、これで快適に眠れそうだ。

入院3日目

夜中に何度も目を覚まし、洗面所に行ってトイレを済ませ、血痰を吐いた。こう書くとつらそうだが、それほど大変ではなかった。痰を吐くとスッキリする。朝食までに4回ほど繰り返しているうちに、血痰の量は徐々に減ってきた。

朝ごはん
朝食はごはんにじゃがいものお味噌汁と、「うめねり」つきの野菜の和え物と、アジの開き。昼食には海老天そばが出た。どれもおいしかった。

朝食後、9時に耳鼻科の診察室へ。初めて会うおじさんの先生だったが、特に診察されることもなく、そのまま薬の吸引へ。なんかちょっとくらい様子を診てくれてもいいじゃないかと思ったが、頭がぼーっとしていたのでそんなことを言う元気もなく、大人しくマスクから出てくる霧を吸う。

苦手な点滴針は明日の夜までにあと3回抗生剤を入れないといけないそうなので、しぶしぶ刺してもらった。固定の仕方がいいのか、今回はあまり痛まない。

間抜け面の長谷川さん。妹撮影
続きを見そびれていた映画「ガンジー」を午前中に見終えて(合計で3時間もあった)、お昼を食べた後、今度は「イップ・マン」というカンフー映画を見ていたら、母と妹が見舞いにやってきた。着替えを渡し、プラスチックのコップやお箸など、持ってきて欲しかったものを受け取る。母の剥いてくれたリンゴと、妹の京都土産の茶だんごを食べた。昨日のあの後、父は大船駅前の「かんのん食堂」に寄ることができたらしく、二人もここへ来る途中で寄ってきたという。とても美味しかったと喜んでいた。あの食堂はいつも飲兵衛の溜まり場らしく、今日も大勢いたようだ。妹も負けじと一杯やったらしい。

となりの長谷川さんのところに同僚の人たちが来てにぎやかだった。

今日はまた元同僚にそっくりの看護婦さんが担当で、鎮痛剤やベッドの移動の相談をさせてもらった。鼻や頭の痛みは鈍くて耐えられる程度だったが、熱がなかなか下がらなくてボーっとするので、夕方頃に解熱作用もあるという鎮痛剤を飲んだ。薬は徐々に効いてきて、看護婦さんの言った通りに熱が下がるときにどっと汗が出たが、今はもう痛みはない。昨日から便秘気味だったが、夜になってようやく普通に出て安心した。体が手術のショックから立ち直りつつある。

晩ご飯
夕食は鶏肉のクリームソースがけと、リンゴのたくさん入ったサラダ?と、かぼちゃと小豆の煮物。最後のはとても甘かったのでデザートだと思って食べた。しかし栄養バランスはよく考えられているのだろうが、ろくに運動もせずに3食に加えておやつまできちんと食べているので、退院するころにはずいぶん丸くなった長谷川さんになってしまう気がする。良いお通じのためには、たくさんの水分と運動ですと看護婦さんも言っておられた。もっと体を動かさなければいけない。

入院4日目

夜中になかなか寝付けず、1時過ぎに鎮痛剤を飲む。それから朝までは久しぶりによく眠れたと思う。

朝ごはん
明かりがついて、「朝食で〜す」の声に起こされる。今日はパンか。いいかげんカーテンを見ながら食事をするのは飽きてきたし、となりの長谷川さんと話をしたかったので、窓側に朝食を持って行って食べた。となりの長谷川さんは大手電機メーカーのシステムの営業をやっているのだそうだ。大手企業のデータベースの移り変わりに関する話を聞くことができた。

ベッドから窓を見上げる
朝食後、点滴で抗生剤を入れてから、ベッドの移動をした。しばらく窓から外を眺める。窓の外は病院の裏手側になっていて、コンサートホールの入っている鎌倉芸術館の向こうにイトーヨーカドーが見える。駅からそこそこ離れている場所にもかかわらず、ヨーカドーや芸術館への往来がけっこうある。窓を開けると、もうすっかり冷たくなった秋風が吹き込んできた。しばらく外の空気を楽しんでいたが、寒くなってきたので閉めた。退院するときは上着が必要かもしれない。

洗面所で歯を磨いていたら、隣のおばさんが声をかけてきた。おとといの手術で、同じタイミングで手術室に入った人だ。おばさんはあのとき、乳がんの摘出手術を受けたのだそうだ。きっと僕よりずっと大変な手術だったのだろう。手術はうまくいったそうだが、こういうとき、何と答えていいかわからない。自分の手術のことを話したけれど、同じ時間に同じ場所で手術を受けたおばさんの話をもっと聞けばよかったと、後になって思う。洗面所に行くたびに探したが、残念ながらその後退院するまで会うことはなかった。

昼ごはん。右上の玉ねぎと豚肉をソースで煮たのがおいしかった
プログラミングの本を広げるが、熱のためになかなか集中できない。諦めて横になっていると、早々に昼食が運ばれてきた。毎度のことだが、飲み込んでいる間は息を止めることになるので、食事中は息が切れてしまうのがちょっとつらい。キャベツの浅漬けの量が多すぎたので少し残す。お昼の後はマット・デイモンの「アジャストメント」を観たが、脚本がいまいちで盛り上がりに欠けた。ヒロイン役のエミリー・ブラントがとてもかわいくてセクシーだったので、それでよしとする。

映画を観ている途中で父が現れ、梨とプリンと下着を持ってきた。観音食堂の話をする。何か必要なものはないかと聞くので、強いて言えば鼻の綿球を交換するときに手鏡が欲しいかな、と言ったら、商店街まで行って買ってきてくれた。今日は車で来たらしく、家からここまでつかえずに1時間ほどで来れたそうだ。帰りは車になりそうで、少しほっとした。

晩ごはん。まさかの罠が。
運動しようと思っていたが、まだ体がだるいのと、腕の点滴針が気になって大きく動かせないので明日からにする。体温が上がったり下がったりして少ししんどい。夕食は魚だったが、つけあわせのシシトウが「まさかな」と思いながら口に放り込んだら大当たり。目を白黒させてお吸い物で流し込んだ。まさかこんな辛いものが病院食に入っているとは思わない。僕にとっては久しぶりに味覚へのいい刺激になったが、入院中のじいちゃんばあちゃんは大丈夫なのだろうか?

夕方、ドイツの友人から連絡があった。年末にこちらへ来れそうなこと、今日はいい日なのでこれからサイクリングに出かけることなどを伝えてきた。僕の方も簡単に近況を伝える。ここのところ基礎的な英語の勉強を続けていたせいか、特につっかえることなく文面を作れたことと、友人の元気そうな様子を知ることができて嬉しかった。

体温と血圧を計り、最後の点滴を受けながらこれを書いている。何度も痰を切っていたため喉が腫れてしまったらしく、少し痛い。その上、寝ようとすると腫れた喉のせいでいびきをかいて目が覚めてしまう。ちょっと困った。

入院5日目

昨晩は10時半頃に痛み止めを飲んだ。効果は6時間ほどと聞いていたから、4時頃目を覚ますかなと思っていたが、薬がよく効いて6時に明かりがつくまで起きることはなかった。眠りにつきそうになるたびに腫れた喉がいびきを引き起こして目覚めてしまうことが何度もあったため、少し眠りは浅かったようだ。

朝ごはん
朝食はいつものごはんにお味噌汁と、小さな煮物がたくさん入った巾着袋がついていた。ちょうど食べ終わった頃に先生が現れて、これからの予定を教えてくれた。明日の朝、いよいよガーゼを抜くそうだ。痛みを少しでも小さなものにするため、明日の朝7時頃にあらかじめ痛み止めを飲んでおくように言われた。忘れずに飲むようにしなければならない。

昼ごはん
昼食にはカレーが出た。変化があって嬉しかったが、カレーの風味は香りによるところがとても大きいことを思い知った。味はするがカレーの味が感じられず、口からは「しょっぱいごはん」以上の情報が伝わってこない。目隠ししていたらドリアなんかと区別できないと思う。物足りなかったので、冷蔵庫に残しておいた半分のりんごを剥いて食べた。カレーとは逆に、噛み砕くたびにりんごの果汁が口の中に広がるのがよくわかって、とてもおいしかった。どうでもいいことだが、食事のお膳についている配膳先を示すネームプレートの名前の「滋」の「さんずい」があったり無かったりする。時々は明らかに後から「さんずい」を書き足してあったりして、配膳員さんの苦労が偲ばれる。

ようやく点滴針が抜けて身軽に動けるようになったので、シャワーを浴びて外に出たいと思った。首から上のシャワーは血行が良くなって鼻の出血量が増えてしまうので禁止だそうだ。頭からシャワーをかぶりたい衝動を抑えつつ、久しぶりに体を流した。熱いお湯が気持ちいい。暑すぎず寒すぎずの丁度いい季節に入院できてよかった。もし暑い盛りに1週間近くもシャンプーできなかったら、ちょっとした拷問になっていたことだろう。

首から上以外はとてもスッキリしていい気分で病室に戻り、バスタオルなどを回収箱に入れようと病室を出ようとした所で今日担当の看護婦さんと会った。すでに普段着に着替えていたせいか、無断外出の疑いをかけられている。これからナースステーションに相談しに行こうと思っていたところなのに…。そういうことなら確認してくるから待ってなさい、と言われる。結局、担当医さんがいなかったので、看護婦さんの判断で外出許可は下りなかった。がっかりして寝間着に着替え直した。

病室からの眺め
今日の空は晴れ間がよく広がっていて気持ちがいい。ほどよく涼しくて良い日なのに散歩できないのは残念だ。窓の下には金木犀の木が何本か立っていて、小さな黄色い花をたくさん咲かせている。あの独特の匂いがあたりに立ち込めているはずだったが、鼻の穴を完全に封印されている僕にはその匂いもさっぱり感じられない。明日の朝、ガーゼを抜いたらわかるようになるだろう。

晩ごはん
夕食は鯖の焼いたのと、今朝の巾着袋の中身(の余り)らしき豆の煮物。お味噌汁はさつまいも入り。食後に差し入れのプリンを食べる。となりの長谷川さんから家族パソコンの買い替えの相談。ついMacを推し過ぎてしまい、若干引かれた気がする。

そういえば今日のお昼過ぎ、看護婦さんに「術後の痛みによくがんばって耐えましたね」と褒められた。ちょっと嬉しかったが、僕にはそんなにがんばって耐えたつもりはなくて、自分の体を大きく傷つけて構造を変えたのだから、そのことをちゃんと受け入れるために痛みを感じておきたいと思っていた。まぁ、そんな大した痛みでもなかったし、結局痛み止めも飲んだのだけど。明日ガーゼを抜くときも、そうやって痛みを受け入れられればいいなと思う。

入院6日目

朝ごはん
昨晩は11時半頃痛み止めを飲んで、5時間くらい眠った。ガーゼ抜きのことで緊張していたのか、あまりよく眠れなかった。朝食後に痛み止めを飲もうと思っていたが、7時になっても朝食が出てこないので、冷蔵庫に残っていたヨーグルトを食べ、胃を動かしてから痛み止めを飲んだ。その後すぐに朝食が出てきた。今朝の献立はけっこう盛りだくさんな感じだ。

歯を磨いて部屋に戻る途中で先生と会い、予定より少し早く診察室に来るように言われた。そわそわしながら部屋で過ごす。

時間だ。一階下の診察室まで徒歩一分。診察用の椅子に座ると、マメ型のバットを持って顎の下で持つよう言われた。鼻に入っているガーゼは右に7枚、左に7枚の合計14枚。顎を上げて後頭部を診察椅子に付けると、先生はピンセットでするするとガーゼを引き抜いていった。先生の額についている丸い鏡にすごいものが映りそうだったので見ないようにした。ガーゼを引き抜くときにいやな音が聞こえるのと痛みがあるが、想像の5分の1くらいで、全く耐えられる程度だった。聞いた話では気絶してしまう人もいるというので恐怖していたのに、なーんだ楽勝だなーと思う。しばらく鼻血が出たままになるので、飲み込まないようにうつむいたまま、しばらくじっとしているよう言われた。処置室に移動する途中で、バットに取り出されたいろいろなものまみれのガーゼを見て思わず声が出た。

鼻からポタポタと垂れる血を、せっかく作ったのにもったいないなぁと思いながら眺め、時間が経つのを待った。年配の看護婦さんが優しく血圧を計ってくれた。1回目は上が149の下が98と高かったが、2回3回と計るにつれ平常値に戻っていった。途中で何度か先生が様子を見に来た。

15分ほど経って診察台に戻り、再び鼻の穴を診察。先生曰く「あ〜、真ん中に溜まっちゃってるわ。通りでなかなか血が出ないと思ったよ」

僕の場合、左の鼻の穴から鼻中隔を少し切って、そこから鼻の軟骨を取り出したのだが、術後に出てきた血が鼻中隔を取り除いた粘膜の中に溜まってしまっているのだという。鼻中隔血腫といって、50人に一人くらいでしか起こらず、どんな人がこの症状になるのかもわからないレアケースらしい。うれしくない当たりくじをまた引いてしまったようだ。

麻酔薬を染ましたガーゼが再び鼻の穴に詰め込まれていく。処置室で鼻血を見ながら待機。15分ほど経ったら診察台でガーゼ交換。これを5回ほど繰り返した。麻酔薬が効いてきて上顎が痺れる。暇なのに意識ははっきりしていたので鼻血でティッシュにスマイリーを描いてみたりする余裕もあったが、さすがに5回もガーゼを出し入れすると大きく消耗した。最後にガーゼを詰め直した時が今回一番痛かったものの、全体的に脱ガーゼは想像していたよりずっと穏やかだった。

処置室で待つ間、隣の診察室でいろんな患者さんをてきぱきと診察していく先生の声を聞いていた。耳がたまに聞こえなくなるという、口調が超丁寧だけどあんまり人の話を聞いてないマダム、耳垢で聞こえが悪いおばあちゃんと付き添いのおばさん、遠洋漁業に出る前の検診を受けに来たおじさん… こんなに短時間で様々な人と接するお医者さんという職業の大変さを感じると同時に、常に明朗で優しく答えてくれる先生の態度に敬服させられた。

昼ごはん

今日の夕焼け

晩ごはんもちゃんと食べた

看護婦さんに付き添ってもらいながら部屋まで戻る。予想より小さかったとはいえ、普段ではありえない痛みに体がショックを感じたようで、頭がぼんやりする。しばらく動きたくない感じ。でもお腹は減っていたので昼食は全部食べた。

不測の事態はあったが予定に変更はなく、明日の退院予定は変わらないとのことだ。合計6枚に減ったものの、引き続きたくさんのガーゼが鼻の中。当然まだまだ匂いを感じることはできず、夕食の「鶏肉の香草焼き」も見た目は美味しそうだったが、香草部分に関しては全く感じられなかったので、僕にとっては単なる「鶏肉焼き」に。夜になると痛み止めが切れて、頬から上が全体的にシクシク痛んできた。

痛みで眠れそうになかったので、検温のついでにアイスノンを持ってきてもらった。一週間親切にしてもらった看護婦さん達に、何かお礼がしたいと思った。お菓子など御礼の品は受け取ってくれないと聞いていたので、手紙を書くことにした。書き終わったら歯を磨いてとっとと寝てしまうことにする。

入院7日目

夕食後の20時過ぎに痛み止めを飲んだが、頭を締め付けられるような痛みがあってなかなか眠れない。痛み止めのロキソニンという薬は5時間以上間隔を開けて飲まなくてはいけないので、夜中の2時頃まで待ってから薬を飲んだ。

最後の病院食。納豆だ!
朝の検温で起こされる。今朝の体温は36.7℃。先生からは8時40分に診察室に来るよう言われた。看護婦さんと相談し、脱ガーゼに備えて痛み止めを8時に飲むことにする。今日の朝食は、ここ何日か食べたいと思っていた納豆と海苔つきのごはんだった。うれしい。朝食を食べ終えると丁度8時になっていたので、痛み止めを飲んだ。迎えに来てくれた父が到着。診察室へ。

今日は看護婦さん達はいないようだ。診察室の器具もまだいろんな色の布で覆われていて、これから診療が始まるのだなと思った。心なしか部屋の中も薄暗い。診察椅子に座って、マメ型バットを持ち、後頭部を椅子につける。「ゆっくり息をして〜」と言って先生がガーゼを引き抜く。抜くときの痛みは昨日と同じくらいで大したことはなかったが、抜いた後の頭痛が少し辛かった。喉に血が流れないよううつむきながら処置室へ移動。鼻血の落ちるのを見守る。先生と看護婦さんの写真を撮りたいと思ってたけど、今日は無理そうだ。15分ほど経ってから診察椅子に戻る。鼻血やら何やらを取ってもらい、消毒。鼻の穴に綿球を詰めてもらって、今日の処置は終わった。気になっていた花粉症への反応の変化については、粘膜の一部を切除したので良くなるよ、とのことだった。また鼻中隔に血が溜まったりするといけないので、次は2日後に来ることになった。

まだ頭痛が残っていたので、病室に戻ってしばらく横になった。荷物をまとめ、普段着に着替える。請求の準備が整うまでずいぶん待たされた気がする。10時過ぎに全ての退院の準備が整ったので、病室を出て、ナースステーションへ挨拶に行った。手紙を渡すととても喜んでもらえた。談話室にとなりの長谷川さんがいたので、挨拶することができた。

一週間ぶりに外へ
1階で支払機の列に並ぶ。退院で気が抜けたせいか、支払機に領収書やカードを忘れて、後に並んだおじさんに2回も呼び止められた。親切な人でよかった。外へ出ると雨。傘をさして、少し離れた駐車場まで歩く。荷物を車に載せ、父の運転で発車。途中でうどん屋さんに寄って昼食。少しづつしか口に運べなかったが、おいしかった。家に着いたのは13時を過ぎていた。

1週間を振り返ってみると、退屈で単調だと思っていた入院生活には思いのほか様々なことが起きて、退屈を感じることはほとんどなかった。空き時間の読書や勉強もそこそこはかどったので、心残りは看護婦さん達と一緒に写真を撮れなかったことだけだ。

心配していた鼻ガーゼの抜き取りは、先生のやり方が上手かったのか思っていたよりずっと痛くなく、僕にはむしろ点滴針が3日間腕に刺さっていた方がずっと辛かった。ジワジワ痛いし、体に針が刺さっていることを考えると気分が悪くなってしまうのだ。点滴が終わって、針が抜かれたときは本当にほっとした。

ともあれ、大きなトラブルもなく無事に帰ることができてよかった。家族のありがたさを身にしみて感じた7日間だった。

退院2日後

退院から2日、手術から7日が経ったが、血混じりの鼻水はずっと出ているので、もらった綿球を鼻の穴に詰めて過ごしている。午後3時、病院に到着。先生に見せると、もう綿球を詰める必要はなく、むしろ手術跡の回復が遅くなってしまうので詰めない方がいいらしい。そんなこと言われたっけ。言われたけど麻酔で朦朧としていて覚えてなかったのかもしれない。

鼻の奥がくっついてしまっているため、再びガーゼ挿入。麻酔薬を染ましてあるものの、痛いものは痛い。ガーゼを取ったり入れたりを3回ほど繰り返すと、ようやくくっついてる部分は離れた。もうガーゼを出し入れすることはないようだ。やれやれ。

アラミストという点鼻薬を処方された。鼻の通りを良くするもので、一日一回、寝る前に両方の鼻に吹き込む。以前も使ったことがあるので抵抗はない。

先生といつも笑顔の看護婦さん
帰り際に、入院中何度もお世話になった看護婦さんと先生の写真を撮らせてもらった。家からは少し遠かったが、満足のいく手術ができたし、小心者の僕でも話しやすい先生で助かった。手術の結果はこれからわかることではあるけど、地元の耳鼻科でこの病院を紹介してもらえてよかったと思う。忘れ物を取りに3階にも寄ったが、あいにくお世話になった看護婦さん達は今日はいなかった。

生ハムとルッコラのピザ
お昼がまだだったので、病院を出てからかんのん食堂に寄ろうかと思ったが、いつも病室から小さく見えていたいい雰囲気のカフェのようなお店のことを思い出して、行ってみることにした。お店はカフェではなく、小洒落たレストランだった。半ば誘い込まれるようにしてウェイトレスのお姉さんに導かれて入店。生ハムとルッコラのピザと、パインジュースを注文した。味はおいしかったはずだが、さっきの麻酔のせいで鼻周辺の感覚がなく、上顎がまるで入れ歯のようだ。おいしさも半分くらいしかわからなかった。

ふとした拍子に垂れてくる鼻血に気をつけながら過ごしている。綿球は取れたが、まだ鼻は通っていない。寝るときは口呼吸になるので、朝起きると口がカラカラだ。

退院1週間後

午前中に仕事を終わらせ、午後から病院へ。先生曰く「カスがすごいねぇ」。…どうやら鼻の通りが悪いのは手術跡が腫れているからではなく、鼻の中が鼻くそで充満しているせいのようだ。手術跡はとてもきれいということだ。今回のガーゼ出し入れは2往復。また麻酔薬が染ましてあったらしく、上顎がしびれる。鼻の奥がじんじんと痛い。でっかいプロレスラーに親指と人差し指で鼻をひねり上げられたら多分こんな感じだと思う。

鼻の中をきれいにしてもらったおかげで、帰宅するまでは鼻の通りはとてもよかった。家に着くと安心したのか、鼻水と鼻血が出てきて元通りに。だるくなってそのまま寝てしまった。

退院2週間後

退院後3度目の通院。先生はいつも通り明るい。前回と同様はなくそを取って、ガーゼを2回入れて2回出す。問題は鼻の奥の方の壁がくっついて狭くなってしまうことだ。

ガーゼは鼻の奥を広げるのと、その後の処置の前段階としての麻酔のために入れるのだそうだ。ガーゼを取り出したら、何か長い器具で鼻の奥の方をこじ開けているらしかったが、恐ろしいので器具の先端は見ないことにした。けっこう痛い。頭に近いところをいじるためなのか、処置の後は決まって頭痛がするものの、鼻の通りは(一時的に)とても良くなる。この通気具合が本来の鼻の通りなんだよ、と先生。

退院直後は寝るときも口呼吸だったが、最近は口を閉じて眠れるようになってきた。起床時に酸欠による頭痛を感じることも少なくなった。鼻の奥のくっつき具合も前よりは良くなっているそうで、先生も安心した様子だった。しばらくは同じ処置を定期的に行う必要があるので、当面同じペースで通院することになりそうだ。

ホタテの天ぷら定食
なお、睡眠時無呼吸症候群用のCPAPは、まだ当面使えないとのことだった。無理に使うと鼻を乾燥させて痛めてしまうんだそうだ。レンタル料金がもったいないな。

帰り際に、また「かんのん」に寄ってお昼にした。シンプルな天ぷらにソースをかけて食べるだけなのに、なんでこんなにうまいんだろうか。

加筆中(2012.1.14)