個の愛情は種の救済たり得るか ― 映画『インターステラー』

映画『インターステラー』を観てきました。映像もストーリーも壮大で、しかも3時間近くもある長編なので観覧後映画を観たぜーという満足感がしっかりと。でも膀胱が破裂するかと思った。ちょっと難しい部分もあるけど、誰もがそれぞれの角度で楽しめる骨太なSFだと思います。映像と音響が素晴らしいのでIMAXシアターで観るのがおすすめ。以下ややネタバレ含む感想です。観に行く予定の方はこんなの読まずにどうぞ映画館へ。あ、パンフレットもおすすめです。でも観る前に読まないように。

ノーラン監督は「程よい加減で観客の常識や感覚をねじ曲げる」のが本当に上手い。普遍的で誰でも理解できるテーマを基盤にしながら、そこに多すぎず少なすぎずのさじ加減で最新技術や理論を振りかけて、芯となる物語はわかりやすく、かつ読み解く楽しみをたっぷり残しておいてくれています。人間ドラマで言えば、主役のマシュー・マコノヒーの演技が素晴らしく、そのままではなかなか想像の及ばない宇宙の旅を、親子の関係という窓を通してとてもリアルに覗かせてくれます。最初はちょっと迫力に欠けるかなと思ったけど、実際に子供のいる俳優さんだそうで、子供たちとのやりとりには胸に迫るものがありました。子供のいない僕ですらそうなので、世の親御さん方が観ればなおさら訴えるものがあるのではないかと思います。

またストーリーライン上の仕掛けやメカデザインもSFファンを非常にワクワクさせてくれます。モジュールが数珠つなぎに繋がった形の宇宙船エンデュランス号や、ただの立方体かと思いきや多彩な動きを見せるロボット達など、「基本形状はプリミティブなのに高度な性能を持っている機械」というSFの伝統をきちんと押さえつつ、リアリティもしっかり感じさせる仕上げです。ロボットはもうちょっとロボットらしい声の方が良かったのではないかと思いましたが、iPhoneのSiriがあれほど自然に喋れる現在、ロボット声はクラシックすぎるかもしれませんね。登場人物としてのロボット達もとても魅力的でした。

正直、物語の背骨を為している理論物理学は僕にはよくわかりません。SF小説の知識から、ブラックホールが美しく輝いているのは重力レンズ効果によるものだとか、光の速度に近づくほど時間の進み方は遅くなる(ので、クーパーと地球の時間はどんどんずれていく)ということはわかりましたが、その程度です。しかし怖気づく必要は無いと思います。文末に載せたメイキング映像で、ノーラン監督は制作意図として観客を宇宙に連れて行くこと、そして宇宙に興味を持ってもらうことを挙げていました。わからなくてもいいのです。興味を持ったら、そこが入り口なのです。理論物理学を知れば映画からさらにわかることがたくさんあるそうで、今から読み解くのが楽しみです。アメリカでは”The Science of Interstellar”という映画制作に携わった理論物理学の博士が書いた解説本が出ているそうで、翻訳が待たれます。

劇中、難しい選択を迫られる場面があります。個人の愛を貫くか、人類の存続か。マン博士は言います。「通常、個の愛情は種へのそれより優先される」と。しかし個の愛情なくして種は救済され得ないのではないか。過去のアポロ計画すら否定し、フロンティア精神を失った世界において、クーパーは星の向こうの世界を信じ、宇宙のはるか彼方に離れた娘と、そして自分を信じることで、結局は世界を救うのです。